王子様と私
その二・ツンデレ眉毛の野望
大股で颯爽と歩くハンガリーに追いつきそこね、セーシェルがハンガリーのふわふわのロングヘアーに追いついたのは生徒会室の前だった。
「ふむ」
両手で書類を抱えた二人はいったん立ち止まる。
「持ちますよ」
セーシェルはハンガリーの書類を受け取ろうと、書類を抱えたままの両手を差し出した。
「いいっていいって」
ハンガリーが振り返ってにっこりする。
「そのかわり、オーストリアさんには内緒ね」
ぱちんと緑の片目を閉じてから、ハンガリーはドアの隙間につま先をねじ込み、
「よいしょっと」
蹴り開けた。
ぎぎい、と音を立てて扉が軋み、一気に生徒会室の入り口が開く。
豪快な勢いで開いた生徒会室の中で、イギリスがぽかんと口を開けている。
「あらっ」
ハンガリーが足を下ろした。
「失礼、イギリス君」
明るい声で挨拶して、書類を生徒会長の机に置く。
イギリスは突然のハンガリーの奇行にあっけにとられていたが、続けておそるおそる入ってきたセーシェルに気づくと正気に返った。
「お、お前、セーシェル! ハンガリーに手伝わせたのかよ!」
足でドアを開けてしれっとしているハンガリーに、すっかり毒気を抜かれたイギリスは、セーシェルに狙いを定めたようだった。
転校初日から盛大に絡まれて勝手に雑用係に任命された恨みを忘れていないセーシェルはそっぽを向いて聞き流そうとした。
「ひとりでやれよ、ハンガリーだって忙しいだろ?」
「あら、女の子ひとりに持たせる量じゃないわよ」
セーシェルとイギリスの間に、ハンガリーが立ちふさがった。
「う、うるさい。セーシェルは俺の属国なんだから、雑用やらせて当然なんだよ!」
イギリスは焦って言い募る。彼は、セーシェルを雑用という名目で生徒会室に呼びつける理由がなくなるのを、自分でも意外なほど恐れていた。小生意気で反発ばかりするくせに、都会に馴染みきれず妙に無防備なところのあるセーシェルをイギリスは放っておけない。しかし、その執着をどう位置づけるかは未だに決着がついていない。結果として、彼は己のもっとも得意とする行動をとることに決め、セーシェルを支配しようとした。
今、ハンガリーに正論をぶつけられてうろたえているのは、その持論の根拠が薄弱であることを真っ向から突きつけられただけであって、決して、決してやましいことがあるわけではない。
イギリスはそう、自分に言い聞かせていた。
「セーシェルちゃんは転校したてなのに、大変じゃない。私も手伝うから一緒に呼びなさいよ」
ハンガリーは腰に手を当てた。
おお、とセーシェルはハンガリーを頼もしげに見つめる。
「ハンガリーさんがいてくれたら、眉毛に横暴言われなくてすみそうです…」
「待てコラ、雑務だって立派な生徒会業務だぞ!」
「かわいそうに…イギリス君にこんな調子で怒鳴られたらびっくりしちゃうわよね」
イギリスが言葉に詰まった隙に、ハンガリーがセーシェルに微笑みかける。
「ハンガリーさん…ハンガリーさん超かっこいいです! 優しいです!」
セーシェルは子犬のようにハンガリーにじゃれついた。
「うふふありがとうー。何でも頼ってくれていいって言ったんだもの、約束は守るわ」
少し前に、寮へ案内してくれた時と同じハンガリーの笑顔にセーシェルはとびっきりの笑顔で答えた。
俺は空気だ。
世界中の誰もがその名を知っているはずの生徒会長は、二人の世界に居場所を見いだせず、ただ立ち尽くしていた。