王子様と私
その五・世界W学園の困惑
ハンガリーとセーシェルのコンビっぷりは磨きがかかるばかりで一向に改善が見られない。
報告書を手にイギリスはいらいらした。
「くそっ、スコーン作りもおぼつかない。こんなに気になるなんて…」
「それは平和で良いことだよねイギリス」
セーシェルとハンガリーの仲の良さを見せつけられるのが耐えきれず、このところ生徒会の雑用をほぼ押しつけられているフランスが静かに突っ込んだ。
「うるせえ髭! 甲斐性なし!」
「何だその八つ当たり! セーシェルが気に入ってるなら、ちゃんとデートでもすればいいだろ」
「できたら苦労しないんだよばかぁ!」
腹立ち紛れの暴言から、お互いの襟首をつかんでの罵り合いに発展したところで、バタバタと廊下を走る音がしてプロイセンが駆け込んできた。
「大変だ! 坊ちゃんがハンガリーにフラれた」
「「な、なんだってーーー!」」
「お、お待ちなさい人聞きの悪い!」
ぜえはあ息を切らしてオーストリアがその後を追ってくる。
「私は、ハンガリーに時間があったらオペラでもどうかと尋ねただけであって」
「今忙しいんでまた今度ー、ってアッサリ断られたじゃねえか!」
プロイセンの動転とオーストリアの息切れが落ち着いた頃に話を聞き直してみると、ハンガリーは水泳部に新入部員が来るので、冬の大会までその対応で忙しいと言ったらしい。
「じゃあ、ちょっと先延ばしになるだけだろ?」
「おまえ、坊ちゃんの誘いをハンガリーが断るなんて初だぞ? 俺は坊ちゃんが心臓発作でも起こして滅びるんじゃないかと思って」
「うるさいですよ、プロイセン。か、彼女には彼女なりの事情があって当然じゃないですか」
オーストリアが眼鏡を押し上げる。
「それよりも、問題の中心点はそこではないでしょう」
「どうかしたのか」
この件を機に結束を堅くした男子一同が表情を引き締めて身を乗り出す。
「その、水泳部の新入部員がセーシェルであり、水泳部の冬の大会が、クリスマスパーティーの後だということです」
ごくり、と全員が固唾を飲んだ。
「つまり」
プロイセンが話を引き継ぐ。
「ハンガリーとセーシェルを早いところ引き離さねえと、クリスマスのダンスパーティーに誘うこともできなくなる」
「あれ、ねえちょっと待って」
フランスがいつになく厳しい表情になる。
「こないだ、演劇部の子とハンガリーちゃんが、王子様の衣装をクリスマスまでに作れるかどうか、って相談をしてるのを見かけたんだけど」
「なん…だと…」
「まさか、ハンガリーちゃんとセーシェルでダンスパーティー出るつもりじゃないよね…?」
ざわり。
一同に戦慄が走った。
「や、やりかねない…」
「やりますね…ハンガリーなら」
一番つきあいが深くて長い二人が肯定したことで、事態は一気に深刻な側面を見せた。
「失礼しまーす」
「あら、どうしたの、珍しいメンツ」
ハンガリーとセーシェルが、配布許可待ちの学内掲示物の見本を持ってドアを開けた。
「ま、負けないからなっ」
イギリスが涙目で叫ぶ。
「えっ、何に? 何が?」
二人がきょとんとイギリスを見る。
「あー、セーシェル久しぶりセーシェルぅぅぅ」
セーシェルに飛びかかろうとしたフランスの目の前に、黒い円盤が立ちふさがる。
「校内でセクハラは厳禁ですよ☆ フランスさん♪」
フライパンを振りかざしたハンガリーに微笑まれて、あのフランスが一瞬すくんだ。
「これは手強いですね…」
「諦めるんならさっさと諦めろよ、潔さが取り柄だろ、坊ちゃんは」
「その言葉、そっくりお返しします」
プロイセンとオーストリアがごちゃごちゃと小競り合いを始めた。
「じゃあ、私たち部活なんで、これで」
「失礼しまーす」
いつもなら小競り合いを止めるべく振るわれるはずの制裁のフライパンが、セーシェルを守るただ一度のみに使われ、ハンガリーが去ってゆく。
「ハンガリーさん、今日帰り時間あります? ジェラート食べに行きましょうよ」
「いいなあ、でも太っちゃうからなあー」
「じゃあハンガリーさんだけ練習三倍増しで!」
「ええっ、ひどい」
小鳥のようにさえずりながら、足音と共に声が遠のいていく。
「これは…未曾有の手強さだな…」
生徒会室に取り残された男子たちは、拳を握りしめた。
クリスマスのダンスパーティーまで、残された時間は多くない。
彼らの戦いはまだ始まったばかりだった。
[おわり]