王子様と私
その四・おてんば王子と木登り人魚姫
中庭のキンモクセイの木は、密会に最適。
セーシェルはポケットに調理実習のクッキーを突っ込むと、人目がないのを確認してするする木にのぼりだす。
「ハンガリーさーん」
小声で呼ぶと、幹の裏から笑顔が覗いた。
「はあい、セーシェルちゃん。なにかいい匂いするわね」
「はい、さっき実習でクッキー作ったんで!」
セーシェルはハンガリーの隣に腰掛けると、ポケットからクッキーを出した。
「ハンガリーさんにあげようと思って、ダッシュしてきましたよ!」
セーシェルがいっぱいに笑うと、ハンガリーがやった、と手を叩いた。
「うれしい! でも太っちゃう」
「いいじゃないですか、ハンガリーさんの体型だとセクシーさが増すだけっぽいというか」
ハンカチにくるまれた焼きたてのクッキーを早速つまみながら、ハンガリーが顔をしかめる。
「そうでもないのよ、1キロ増えるとタイムがあからさまに落ちるんだもの」
「えー、そうなんですか? 大変だなあ水泳部」
「セーシェルちゃんはそういうのない?」
「ないですねー、体重自体それほど気にしてないんで」
ハンガリーが差し出したペットボトルのお茶を、遠慮なくいただきながらセーシェルは首を傾げた。
「うらやましいー! 私甘いもの好きだから、ダイエットつらいんだよね」
ハンガリーは普段の淑女らしさが嘘のように、足をぶらぶらさせたり組んだりとおてんばなことをする。
それがまたミスマッチでとても良い! とセーシェルは思うので、今日も勢いよくクッキーを頬張るハンガリーを幸せに眺める作業に徹していた。
生徒会業務の手伝いとしてイギリスとの防波堤になってくれたばかりか、話してみたら予想以上に気が合ってしまって、ハンガリーと昼も放課後も一緒にいるようになってしばらくたつ。
初めての女性の国家の友達に浮かれたセーシェルは、フランスがいじけ気味なことにも、ハンガリーの周辺の男子生徒がそわそわしているのにも、ましてや仕事をちゃんとしてるのにイギリスが不満げなことなんかには気づいていなかった。
アフリカクラスに女子はいないし、ヨーロッパやアジアの女子は清楚で可憐な子が多くて、こんな風に一緒に木に登ったり、イタズラ話で盛り上がったりしてくれる人がいるなんて思わなかったのだ。
「セーシェルちゃんも水泳部入ろうよ」
「今、超迷ってます。生徒会の仕事手伝ってもらえてる分、時間も余裕ができそうだし」
手に手をとって盛り上がった時、急に足下が騒がしくなった。
「いたか?」
「いや、セーシェルが中庭に入ってったって証言はあったんだが」
「ハンガリーの声なら、このあたりでしたはずですが」
樹上でぴゃっと体をすくめて二人で寄り添う。
「イギリスさん」
「オーストリアさんとプロイセンまで」
足を縮めて同じ枝の上で小さくなる。
「なんで探されてるんですかね」
「やばいなー、木登りとか、あいつにバレたら笑われるし、オーストリアさんにバレたら怒られる」
「私もたぶん眉毛に超罵られます」
セーシェルとハンガリーは顔を見合わせると、中庭で自分たちを見かけなかったか聞き込みをしている男子たちを見下ろした。
「ハンガリー! おい! いねーのかー」
「セーシェル出てこい!」
「…なんか殺気だってますよね」
「見なかったことにしようか…」
おてんば二人は寄り添ったまま体をちぢこめた。