改誓
城に戻り、その足で主の部屋へと向かった。片膝をつき、襖の向こうにいる主に先ほどからずっと言いたかった言葉を告げた。
「うむ、ご苦労であった。入れ」
襖を開けると、褥の上に座る主の姿があった。まっすぐ俺様を見る。そして視線を上から下に移した。ふとある一点で目の動きが止まった気がした。
「血の匂いがするが、佐助のものか?俺は怪我をするなと申したはずだが・・・」
眉間にしわを寄せながら言ってきた。俺様はあわてて手を振りながら答えた。夜目の利かない主のことだから、おそらく身振り手振りは不要だろうが、そうせずには居られなかった。もし見えるのであれば、その分だけ安心させられるだろうから。
「違うよ、旦那。俺様はそんなヘマはしないからね!」
自信満々に答えた。だが主は首を振った。
「では何故、お主の服が裂けいるのだ」
これには息を飲んだ。どうやら見えないと思っていた物は主に見えていたようだ。落ち着いた声ではあるが、怒りがこもっている。どうして怒るのかは理解することができなかった。だからあえて気付かないフリをして話を続けた。
「あぁ、これ?服は裂けただけだぜ?旦那が気にすることじゃ…」
「気にすることだ!!」
怒鳴られた。どうしてそこまで気にするのか、分からない。ついため息をこぼしてしまう。
「だから何ともなかったっていってるでしょう?俺様は無傷。わかった?」
裂けた部分を思い切り叩いて見せた。わざと音も大きくなるようにした。これで納得させられる、そう思った。でも主は簡単に納得してくれなかったようだ。首を振り、睨みつけてきた。
「怪我をしそうになった。佐助、違うか?」
図星だ。恥ずかしい気持ちを誤魔化すために頬を指で掻く。
「まぁ、ちょっとね。あ、でも違うんだぜ?別に相手が強かったわけじゃなくって、俺様の不注意ってやつ?俺様の服に傷をつけたんだし、向こうも冥土の土産になったんじゃないかな」
俺様にしてはうろたえているのが自分で分かった。主の怒りを抑えようと、どこかで必死になっている自分がいる。ここで、俺様の言葉に何も反応を示さない主に違和感を覚え、主を見た。主は拳を震えるほどに強く握っていた。
「・・・旦那?」
「佐助、怪我をしていないことは分かった。分かったが・・・」
次の言葉を待つ。怪我をしていないことが分かったのならば、次に何を言おうとしているのだろうか。
「こうも佐助を危険にさらす俺を、自分が許せない。だが、佐助に任務を実行してもらえることが嬉しいと思う自分がいるのだ。矛盾しているだろう?俺は佐助に怪我をさせたくない。傍にいたい。触れて欲しいと、欲が次々と溢れてくる」
髪を掻き上げる。一瞬、主の目に光るものが見えた気がした。
「佐助が佐助であること。それは今の忍としての任を全うすることで、俺と離れずにいることではない。だから、その代わりとして、俺は佐助に大事なく戻ってきて欲しい」
若干拙い気もするが、その一言一言が重い。主の気持ちが伝わってくる。何故だろうか、嬉しいと思う。本当にこの人は俺様自身を見てくれている。あまりにまっすぐで、クラクラしそうだ。
「・・・佐助!?」
「ありがとう、旦那。俺様、幸せすぎてどうにかなりそう」
腕の中で慌てふためく姿が滑稽だが、笑うだけで何も言わない。恥ずかしそうに頬を染め、視線を逸らすことに必死になる姿はあまりに愛おしい。主がこの人で良かった。俺様の一生をかけて、幸せにしよう。護り通そう。そう胸に近い、抱く力を強めた。