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水の器 鋼の翼番外1

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 3.

 瓦礫の降り積もる荒野を、ディマクはふらふらとした足取りで歩いている。土埃に塗れた黒装束もそのままに、何かに導かれるかのように。
 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。漆黒の雲は月も星も太陽も全て覆い隠してしまっていて、一体いつごろの時刻なのかよく分からない。
 ディマクの感覚は、どことなくあやふやだった。五感の全てが借り物のように鈍く、音も景色も透明の壁に隔てられたかのように遠い。それでも、たった一つ、ディマクの耳に響いているものがある。今や、荒野を埋めつくさんばかりに集まった猿の軍勢。彼らは口々に言祝いでいる。神々の復活を。戦いの始まりを。
 猿の軍勢を引き連れ、ディマクがたどり着いたのは、大地に深々と空いた巨大な穴だった。穴は、地底の奥深くまで穿たれているらしく、地上からでは底は全く見えない。
 ふと、自分のいる大地に影が差したような気がして、ディマクは上を見上げてみる。すると、一つの巨大な黒い影が、そこにあった。それは、唸り声も何一つ上げず、金色に光る眼でディマクを静かに見下ろしていた。
「おお……」
 影の正体は、尾の長い巨大な猿だ。漆黒の肌に走る黄色い幾何学的模様が、闇の中で一際目立っている。ゼーマンが話してくれた、ディマク達が仕えるべき猿の神。五千年に一度蘇るという、冥府の神々の内の一柱が、今まさにディマクの目の前にいた。
 神はほどなくして、大地に溶け込むようにすうっとかき消えた。だが、ディマクには分かる。自分の中に、強大な神の力が宿ったことを。ディマクの右腕には、力の証である猿の痣が暗紫色に輝いている。ディマクが着ていた黒装束の白い模様は、いつの間にか黄色い縫い取りへと姿を変えていた。
 ディマクの胸は、今や歓喜に溢れ返っていた。神は自分の目の前に姿を見せてくれた。それだけではない、畏れ多くも神は自分をしもべに選び、力をこの身に与えてくれた。神々に仕える一族の者として、これ以上に冥利に尽きることがあるのか。
 穴の奥底で、ディマクを招く意思がある。冥府の扉から這い出たそれが、ここに早くおいでと優しく誘っている。もうすぐ夜が明ける。それまでにこの闇の中に帰っておいで、と。
 ゼーマンたちに盛大に見送られ、ディマクは穴の底へと伸びるらせん階段を下りていく。こつりこつりと、彼の足音が地底へ続く穴の中で幾重にも響き渡っていた。

……もし、ディマクたちがもう少し長くその場にいたなら、すぐに気づけたはずだ。彼らがいた階段から幾分か離れた場所に、鋼鉄の扉があることに。
 穴の前から誰もいなくなった後、扉は、ごとんと音を立てて開いた。しかし、それをディマクたちが知る由もなかった。

 らせん階段を降り、つり橋を渡り、暗い通路を通り抜け。ディマクは穴の奥底へと向かう。この場所にディマクが来たことは、生まれてこのかた一度としてない。だが彼の足は、歩き慣れた道を歩くように滑らかに進む。おかげで、この入り組んだ施設内を迷わずに最短距離で通り抜けることができた。
 階下に降りるごとに、周囲の闇は段々と濃くなっていく。それに伴って、ディマクの高揚感はふつふつと沸き上った。この下に、自分の居場所がある。心のどこかでそれが何となく分かるのだ。
 最後の入り口をくぐり、ついに彼は穴の最深部に到達した。穴の底には冥府から流れ込んでくる瘴気が漂っている。上を見上げれば、漆黒の雲に覆われた大空が、小さく丸く切り取られてぽっかりと闇の中に浮かんでいた。
 穴の底には、先客がいた。ディマクと同じ、黒装束に身を包んだ人間だ。何故か、穴の中心に据えられた何かの機械をただ一心に見上げている。最初はディマクの存在に関心を寄せていなかったその人は、ディマクがすぐ後ろまで近づくと、ようやくそこでくるりと振り向いた。
 黒いフードに包まれているが、どうやらこの人間は壮年の男のようだ。男は、低く響き渡る声でディマクに誰何した。
「……誰だ」
 フードから見え隠れする、顔に描かれた赤い刺青。生者にはありえない黒く染まった目。だが、それはディマクに何一つ恐怖を与えはしない。多分、いや、間違いなくディマクも彼と同じものを持っているからだ。
「我が名はディマク。あなたは、私と同じ、冥府の神々に選ばれし者なのか」
 男は、黙って右腕の手袋をまくり、ディマクに向かって掲げてみせる。その腕には、暗紫色の輝きが宿っていた。ディマクのものとはまた異なる、蜘蛛の形をしている。ディマクの神と同様、冥府の神々に属する蜘蛛の神のシンボルだった。それは、ディマクの問いかけに対する、何よりも確かな返答でもあった。 

 ここに、冥府の神の駒が二人揃った。残りの仲間たちはまだ目覚めないが、時が来れば彼らもまた、この闇へと降りてくるだろう。
 しもべたちは高らかに謳い上げる。冥府の神々の復活を。闇の眷属の喜びを。赤き竜のしもべをこの手で倒すという決意と共に。
「ダークシグナーに、栄光あれ……!」


(END)


2011/4/19
作品名:水の器 鋼の翼番外1 作家名:うるら