永遠に失われしもの 第三章
夜の帳に隠れて、声無き悲鳴が広がる。
小さな民家の窓に、助けを求めるように血まみれの掌が、
指の数だけの血の筋を描いて、やがて見えなくなっていった。
やがて民家から黒い陰が、素早く森へと消えていく。
なおも恐ろしい速さで黒い陰が動くと、樹上から声がした。
「お痛が過ぎるって噂は本当だったのね!」
甲高い声が響き渡る。
黒い陰はぴたっと動きを止めた。
ぶーんと不吉な音がしたかと思うと、
月の光を一瞬赤いコートが遮り、チェーンソーがきらりと輝いて、
黒い影に向かって急激に落下する。
「お久しぶり~。セバスちゃん。」
黒い陰の主にグレルは思いっきり切りつけるが、
ひらりとかわされて、チェーンソーはむなしく空を切った。
月光に照らされた黒い陰は、黒い燕尾服をまとうセバスチャンになった。
「ああ、グレルさん、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。」
セバスチャンは、優雅に微笑む。
「派手にやってくれちゃったじゃナイ?
まるで盛りのついた野獣。
あ~~~いいワ~セバスちゃん!
野性味あふれてるアナタも魅力的!」
グレルは、尚もチェーンソーを振り回している。
セバスチャンは森の木を蹴って、高く飛び上がり、それを避けながら、答える。
「今日は貴方が私のお相手というわけですか。」
グレルは次第に間をつめ、そのチェーンソーは、セバスチャンの前髪数本を切り落とした。
「そ~よ~。ロナルドに無理いって代わってもらったんだから!ア・ナ・タのために!」
今度はセバスチャンの鋭い蹴りが、グレルの前髪をかすめる。
「ね~え。セバスちゃん。
私聞きたいことがあるんだけど・・」
「何でしょう?」
グレルが振り回すチェーンソーが木の枝に当たって、ざざっと地面に落ちてきた。
「ア~ちょっと待って。
おっけ~。これぐらい戦っておけば、管理課にも何とかなるワ!。
アタシ、セバスちゃんを狩りに来たわけじゃないの。」
と、グレルはチェーンソーを下ろして、たたずむ。
「最近アイツら、チェックが厳しいのョ。」
「それで私に会いにきた用件とは?」
グレルは急にもじもじと照れ初めて、
「アタシは別に構わないのョ・・セバスちゃんに奥さんがいたって・・
アタシだけを見つめてくれるんなら、不倫でも・・耐えちゃう!」
と言って、体をくねらせた。
「・・・・・」
「だから、アタシにだけは本当のことを言って!
セバスちゃん、結婚してるの?」
セバスチャンは大きくため息をついた。
「あの・・戯言につきあってる暇はないのですが?」
「だってロナルドがセバスチャンには扶養家族がいるって・・」
「ああ・・なるほど。
・・・・・・
それでは失礼致します。」
丁寧にお辞儀をして立ち去ろうとするセバスチャンを、グレルは呼び止める。
「ちょっと待ってよぉぉ。セバスちゃん。
答えになってないじゃない!!」
「プライベートは大切にする主義なもので。」
と振り返り、セバスチャンはにっこり微笑む。
するとグレルは声を一段低くして、真顔に戻って言った。
「ねぇ。セバスちゃん。
真剣な話。
このままじゃ本格的に、狩られちゃうわよ。
近々セバスちゃん掃討のための召集命令が出されるって噂だし、
そうなったら、ホントまずいってば!」
「貴方も私を狩りたかったのでは?」
「そりゃさぁ、
セバスちゃんが私のデスサイズでイってくれるなら、燃えちゃうけどさァ。
まだあのガキと一緒にいるんでしょ?
セバスちゃんが、誰かれ構わず拾い喰いするのも、あのガキのせいなの?」
話しながらグレルは、セバスチャンに近づき、燕尾服の襟の刺繍を指でいじくっている。
「関係ありませんよ。」
「ホント、セバスちゃんってイイ男ね~。近くでみると一段とス・テ・キ。
赤い淫らな瞳がたまらな~い!
・・・・・
でも、とにかく一緒にいたら、あのガキだって狙われちゃうんだからね。」
「私は永遠にあの方のもの。そして私が命にかえても守ります。」
「あ~あ。妬けちゃう!」
「それでは失礼します。」
といってセバスチャンは木の枝に飛び乗り、木陰に消えていった。
「もぉ、忠告はしたからね!今度会うときは・・・」
作品名:永遠に失われしもの 第三章 作家名:くろ