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散りにけり あはれうらみの誰なれば

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「そんな格好で得物を振り回すより、陰間の方が合ってるだろう。」
動けない仙蔵に、男が歩み寄る。その時、獣の咆哮の様な声が辺りに響いた。気を取られた男の手に、飛んで来た苦無が刺さり、痛みに悲鳴を上げる。
「ぎゃあ!」
はっとした仙蔵が、身を守る様に構えた。声の方を窺うと、文次郎が形振り構わず得物を振り翳している。仙蔵の方を何度か確認しながら、焦れた様に血で濡れた小苦無を放り投げた。
「しっかりしろ!直ぐにそっちへ行くから、それ迄持ち堪えろ。」
そう言いながら、再び声を張り上げて相手に向かって行く。こんな戦い方、忍びとしては全く相応しく無い。しかし仙蔵は怒りを湛えながら我武者羅に刃を翳す文次郎の姿に、忘れていた呼吸の仕方を思い出すようだった。乱れていた息をどうにか落ち着ける。視線の先では、手を抑え蹲っていた男がよろよろと立ち上がり、怒りを露わに刀を振り上げた。
「このやろぉおっ!」
そのまま襲い掛かろうとする男の姿は全くの隙だらけで、仙蔵は攻撃の型を取り構えた。落ち着け。落ち着け。落ち着けば、やられる事は無い。
「今だ、やれっ!」
文次郎の声と共に背後から投げた苦無が男の背に刺さり、その動きが一瞬止まる。その隙に、仙蔵は男の懐に飛び込み、握った苦無を深く突き刺し、ぐり、と回し込んだ。感触を確かめてから飛び退くと、男はごふっと血を吐き出し、その場に俯せに倒れた。手についた飛沫を振り払い、破れた口当てを取り払うと、視線を上げる。見ると、文次郎はもう一方の男を確認している所だった。仰向けに転がし、首の辺りに触れて立ち上がると、懐から取り出した手拭いを裂いて、腕に巻きつけている。敵二人の気を引く為に無茶な戦い方をしたから、あちこち傷を負っていた。仙蔵は後ろを向いている文次郎に歩み寄り、そっとその背に触れる。激しい動きに体温が上がっていて、とても熱い。仙蔵はこめかみの深くが焼け付く感覚を覚え、まだ呼吸が整わず少し上下している背中に額を押し付けた。
「…すまん、ありがとう。」
呟く声で、それだけ伝える。他には何も言葉が出てこなかった。文次郎は振り向く事無く巻き付けた布の端を結ぶと、息を軽く吐き出して言った。
「お前が無事なら、それでいい。」
馬鹿だ。全く馬鹿な行動だ。この五年と少しの間、研鑽を積み学んで来た学問を無視するようなそれであったのに、仙蔵はその彼の動きに救われたのだった。
これは一体何だろうか。こめかみの焼け付きと、喉の奥から迫り上がるもの。押し付けた背の陰で、仙蔵は熱く己の内を荒らしつくす感情の意味が分からず、ただ一向に溢れ出しそうな何かを堪えていた。