東方無風伝その6
眼に毒なんじゃないのかという程に深い緑色の森。
四方は高い樹に囲まれて、好き勝手に伸ばした枝葉で太陽が、ましてや青い空すら見えない。
「……で」
「どうした」
「なんで森の中を彷徨うのかな?」
「森の中を歩いたからだろう」
格好付けて白玉楼を出たものの、人里、そして紅魔館とやらまでの道程(みちのり)なんて俺は知らない。だから、この幻想郷の俺に道案内を頼み、その通りに歩いたわけなのだが、どうしてか今は森の中を彷徨っている。
恐らく、と言うか確実にこいつは俺を弄んでいやがる。何時もの事だが。
「お前さんの案内通りに歩けば、ちゃんと人里に着くのか?」
「あー。どうだろうな。下手すればこのまま野垂れ死に」
「オーケー。お前ぼこぼこにしてやる。今すぐ此処に降りてこい」
「出来ないだろうに」
五月蠅い、結果は解っていようが、兎に角そうしたいんだよ。相も変わらず実態のないこいつとのこの無駄なやりとりは、相も変わらず無駄に腹が立つばかりだ。
「真面目にやってくれよ。こっちはこの身一つしかないんだぜ」
「あー、それは大変」
水も食料も無い。本当に野垂れ死にするやもしれないんだ。こんなところで死ねば、その死体は動物か妖怪かが処理して腹を満たしてくれるだろう。だが、生憎と俺はそうさせるつもりは無いのだ。
こんな状態で、こんな深い森を延々と歩いていれば、腹も体力も減るもので。
「……」
「腹でも減ったか?」
「……生理現象故のこと」
ぐー、と食べ物を催促する腹。
あいつの笑い声が聞こえる。こいつの姿こそ映らないが、腹を抱えて笑う姿が眼に浮かぶ。腹立つ。ぶん殴ってやりたいのに、それが出来ないのが非常にもどかしい。
「はっは。良いだろう、ちゃんと案内してやるさ」
「初めからそうしてくれ」
ざわざわと、葉が擦れ立ち森がざわめく。まるで俺を誘っているかのように。
何処までも遠い深緑の森。
もう一人の俺と言う存在が指し示す通りに、森に紛れるように歩き出す。