東方無風伝その6
暗がりの森の中。時刻としてはもう夕刻だろう。栄えた樹が陽を隠し、辺りは夜の暗がりに似たモノがある。
あいつに言われるままに歩いていれば、何処かで歌声が聞こえた。それ以前にも聞いたことがある声だった。
案内する、と言ったにも関わらずにどうしてこんなところに。そう思いもしたが、空腹のこの状態では有り難かった。
何でも、人里に向かうよりも此方の方が近かったから、だそうだ。本当なのか疑わしい。
俺も魔理沙のように空を飛ぶことが出来れば、こんな苦労はせずに済むのだろうにな。
歌声と紅い光に誘われるように歩けば、やっぱり紅い提灯を吊り下げた屋台に辿り着いた。
「いらっしゃーい」
そう言って俺を迎えるのは、あの鳥の妖怪。確か名はミスティアと言ったか。
此処に立ち寄るのも一カ月振りだが、何も変わっていない様子だ。
「八つ目鰻と、熱燗」
「はいはーい」
取り敢えず、この冷える外、温かい物を喰いたかった。
「おや、あんたは何時ぞやの人間じゃないかえ」
「おや、そう言うあんたは何時ぞやの死神」
変わらないのは店だけでなく、客もだったようだ。と言っても今回は魔理沙がいないが。
「久し振りだねぇ。てっきりあたいのことなんか忘れてるもんだと思ってたよ」
「こちらこそ。死神なんてものは到底忘れそうにないが、俺のことなんかは忘れられているかと」
「あんなことを口走る人間嫌いの人間だなんて、あんたくらいなものだからねえ」
全くだ、と自分のことながら同意して、熱燗に口を付ける。この寒い中では骨身に沁みわたる。身体の内側から温まる、最高の酒だ。
「あんた、白玉楼に行ったんだったね。どうしてこんなところに」
「目的は果たしたからな。今は人里か、紅魔館とやらに向かおうと」
「紅魔館?」
小町の眼が細められる。
「そうだが。知っているのか?」
八つ目鰻を齧りながら言えば、小町は少し考える素振りを見せて言った。
「まぁ、悪くはされないだろうけど、気を付けることだよ」
「……何に」
「あそこは、人を喰らう吸血鬼の住まう館さ」
死神はそう言った。