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続 歌舞伎町へようこそ

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早朝の朝靄の中をよろよろと歩く奇妙な風体の男が一人。黒い洋装の上に白い着物を身につけ腰には身の丈ほどの黒い漆塗りの鞘が美しい長刀を差している。しかし彼の手に握られているのはコンビニエンスストアのロゴが入った半透明のビニール袋だ。中には分厚い漫画雑誌とコーヒー牛乳の一リットル入りパックが一緒に入ってあった。居酒屋を出てコンビニに寄ったまでは良かったのだ。
「うぇっぷ…」
 まだ胸焼けがする。普段、酒の肴には油物は余り取らないようにしていたがどういうわけか気が向いて唐揚げだとかフライドポテトだとか身体に悪そうなものをしこたま胃に納めてきたのだ。更には美味い酒が入ったからと店主に勧められるまま限界を超えて飲みすぎてしまいこの様だ。確かに高杉好みのきつい芋焼酎をロックでガンガンノリよく飲んだことが敗因なのか、その後もビールだ日本酒だとちゃんぽんしたのが拙かったのか…。思わず掌で口元を抑えて眉を顰めた。身体の中でアルコールが洗濯機のようにぐるぐると廻っている気がする。
「きもちわる…」
 絶対、飲みすぎだ…。
 真っ直ぐ歩いている気がしない。その証拠にさっきから電柱だとか長屋の壁だとか団子屋の看板にぶつかっては「いてェんだよ、コラ!」と無機物相手に真剣に睨み合ったりもした。すでに頭はガンガンするし吐き気は治まらないし視界は狭くぐるぐると廻っている気がする。
「よし、ぜってェ酒やめよう。もうやめよう。二度と酒に呑まれねぇ。俺が呑み尽くしてやる…っぅぷ…」
 漸く自分の城でもある万事屋へと続く階段に足をかけるがその道のりの何と遠いことか。一歩ずつ進んでいる筈なのに一向に辿りつかず高杉は大きく溜息をついて見上げると太陽が上りきる前の不思議な藍色をした空が見えて腹立たしいような愛惜が滲むような複雑な心境に囚われる。
「世界が眩しい…」
 手すりを掴んで時間をかけながら漸く上りきると全身汗だくだった。扉に手を掛けると何の抵抗もなく開く。鍵はどうした?とか酒がじっとりと染み込んだスポンジのような頭では考えられず玄関に入った途端へたり込み何とかブーツを放り投げて家へと這い蹲りながらも上がることに成功した。この時間ならまだまた子は眠っているだろうし武市も来ていないだろう。似蔵は…勝手気ままに散歩に出かけているかもしれない。
「また子…みず…」
 冷たい廊下の感触は気持ちが良かったが、決して高杉の酔いを醒ましてくれるものではなかった。途端に眠気が襲ってくる。このまま瞼を閉じて眠りの世界へ飛び込んでしまえたらどんなに幸せだろう。
 水を求めたものの、いつも子犬のように駆け寄ってくる少女はおらず家の中はしんと静まり返っていた。
「……」
 沈黙が心地よいのか、うとうとと足元を掬われる様に意識が遠ざかり、全てがどうでも良くなってきた高杉は目を閉じた。こういう時は素直に寝るに限るのだ。また子は言葉も行動も乱暴な娘だが存外少女らしく可愛らしい性質の持ち主で晋助の身の回りを片付けたり食事を作ったりすることに幸せを感じているらしい。おかげで家の掃除がきちんと行き届いているのでこうして頬を廊下の床にくっつけてもべたべたしないし埃も落ちていない。靴を履いているよりも素足を好む晋助のために拭き掃除は欠かしていないから綺麗なものだ。
 今度、どこか美味しいものでも喰いに連れて行ってやろうと思ったところで意識が途切れた。


 チュンチュン雀が鳴くには随分と遅い時間の筈だ。障子を開けっ放しで寝たせいか瞼を閉じていても暗い視界には光が差し込んでいる。若干寒さを感じてころりと寝返りを打つ際に布団に頬を擦り寄せると嗅ぎなれない匂いが鼻腔を擽った。匂いには敏感な晋助だ。おや、と二度寝を決め込もうとした意識の端っこで警鐘を鳴らすべき事態に眠りが浅くなっていくのが分かった。しかし酒のせいか後頭部から前頭葉にかけてずきずきと疼くように痛むし手足はだるいしとてもじゃないが自分から進んでどうこうしようという気にならない。寧ろもうなるようになればいいんじゃね?と極端に投げやりな気分になっている…気がする。
(いーんだよ、俺ァ眠いんだよ。今日は寝るって決めたんだよ。たった今)
 掛け布団を取ろうとして腕を伸ばすと奇妙な肉の感触がして動きを止める。徹底的に瞼を開けるつもりはないので手探っていたら耳元で小さな笑い声が聞こえた。
「…積極的だなあ晋助は」
「……?」
 聞き慣れない声が直ぐ傍で聞こえ、流石に高杉は目を開けるとなぜか太陽のような眩しい光が視界を焼いて目を細めた。しかし直ぐにそれは太陽でも何でもないことに気づいて眉を顰めるとなぜか隣に眠っている金髪男の眉間をぺちりと叩いた。
「誰だおめーは」
「ぇ…ちょっ、誰って酷くねぇっ?」
「質問には質問で返すなって言わなかったっけか」
「言った。言ったよね、っつーか覚えてんじゃねーかよ」
「耳元でわめくな、うるせぇから」
「あ、はい…すみません…」
 素直に頭をへこりと下げた金時を物凄く嫌そうな顔で睨むと起こしていた頭が再び枕に沈んだ。
「で…何やってんの、おまえ」
 ちょ、あの…そんな上目遣いで見られたら勃っちゃいそうなんですけど…とは流石に口に出せず金時は肘をつくとその上に顎を乗せてにこにこと笑った。
「何って…添い寝。仕事が終わって疲れてて丁度、眠かったし晋ちゃん気持ち良さそうに眠ってたから俺も一緒に寝ようかなーって」
 えへへとなぜか照れたように笑う。
「……へぇ」
 金時に微笑み返すと高杉は徐に起きだして二本の腕を伸ばした。おや?と目を瞠っている金時の首に絡めて思いっきり力を込めた。
「うぇっ、ちょ…っ…ちょっ!」
「安心しろ、迷わず一思いにやってやるよ。良かったなあー眠てェんだろ?永遠に眠れるぜ」
「う、そ…ちょっ…まじ絞まってる…絞まってる…っ」
「……」
「この体勢は何か嬉しいけど出来れば逆がいいんだけど…っ」
 ぎりぎりと五本の指と掌が喉仏を潰しにかかって金時はばたばたと酸素を求めて暴れ出した。
「晋ちゃあああんっ」
「馴れ馴れしいんだよ、このガキ…大体、どこから入った?」
「どこからって玄関!晋助が廊下で気持ち良さそうに寝てたのを風邪引いたら困ると思ってここまで運んだんじゃねぇの!」
 ギブギブ!と畳みをばしばし掌で叩くと漸く高杉の指から力が抜けて乗りかかっていた重みが引いた。ぜえぜえと大袈裟ではなく肩で息をしながら転がっていると高杉は部屋の温度が二、三度下がりそうな冷たい視線を金時に寄越してきた。こんなに爽やかな…もうすぐ正午がこようかという時間に。
「不法侵入」
「なにそれ、訴える気?」
 仰向けで寝転がったまま高杉を見上げて金時は面白そうに唇を吊り上げた。
「いいや。てめーには借りがあるからな」
「借り?」
「この間の」
 右腕を少しばかり持ち上げて金時に示すと顔を背けた。
「ああ、…別にいいのに」
 二週間ほど前だろうか。高杉はとある依頼を受けて仕事をしていたが天人に追われて腕を傷つけられたところをこの坂田金時に不本意ながらも助けられたのだ。ちなみに彼と出会ったのはその時が初めてだ。
「借りを作ったままなのは性に合わねぇ」
「律儀だね、そういうとこも好きだけど」
作品名:続 歌舞伎町へようこそ 作家名:ひわ子