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続 歌舞伎町へようこそ

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「俺はてめーのそういうところが大嫌いだけどな」
「じゃあそういうところ以外は好きなんだ?」
「屁理屈の多い男は嫌われるぜ?」
 伸ばされた手をばしりと叩き落して高杉はずきずきと疼く眉間を押さえながら立ち上がった…否、立ち上がろうとした。しかしそれは寸でのところで足首を掴んだ金時の手によって阻まれ不覚にも再びぐしゃりと顔から布団の上に転がった高杉はただでさえ少なく切れやすい堪忍袋の尾がぶちぶちと音を立てて切れたのを感じた。
 無言のまま体を起こして床の間に置いてある愛刀を探す仕草に金時は「うそうそ、ちょう冗談!」と更に高杉の腰にしがみ付いた。
「てめーの存在も【うそうそ、ちょう冗談!】にしてやろうかぁあ?」
 げしっと近づいてくる頬に蹴りを入れると気にもせず高杉の足を掴んでぺろりと舌を這わせた。
「…っ」
 ぞわりと背筋が泡立つ。勿論、気色の悪さにだ。
「金時ィ…っ」
「あ、名前覚えてくれてんだ」
 振り上げた手は易々と金時の掌に止められて、逆にぎゅっと握り締められた。金時の咄嗟の瞬発力に高杉が目を剥いていると涼しい顔で笑っている。
「晋ちゃん絶対カルシウム不足だよね、ほんと怒りっぽい。だからそんなに小さいんじゃね?」
 そこがまた可愛いけど。
 そう言いながら唇を寄せて額に口付けられる。
(この男…)
 そういえば出逢った時もそうだった。随分と身軽で商売柄なのだろうか?天人のごろつき相手でも物怖じしない。何よりも手負いだったとは言え高杉を完全に封じ込めていたのだから。彼がもし敵であったなら確実に高杉の命はなかっただろう。
「……」
「なに?」
 探るように見つめていたことに気がついたのか擦り寄ってくる。
 体格の差に物を言わせてあくまでも果敢な犬のような行動に高杉はいい加減、本気であれこれ言うのが面倒になってきた。
 考えても仕方のないことだ。
「…つーか帰れば?」
「ひど!一緒にご飯食べようと思って色々と買ってきたのに。金さん作ろうか?以外と料理上手いんだけど。高杉は和食好みだったよネ」
「…なんでそんなこと知ってんだよ」
「恋してる人の好きな食べ物のリサーチは基本中の基本でしょ」
 了解もしていないのに金時はよいしょと起き上がると勝手知ったる足取りで寝室を出てキッチンへと向かった。
 まだ二回しか会ったことないんですけど…。
 とんでもないマイペース男だ。
(変なやつ…)





 ほんの一時間ほどの間にリビング兼食卓の机の上にはほかほかの白いご飯とお味噌汁、肉じゃがに鰤の幽庵焼きが並べられている。
 確かに美味しそうなのだ。二日酔いでなければ。
「……」
「いただきまーす」
 向いに座った金時は来客用の箸を持ってぺちりと手を合わせている。それをげっそりとした顔で見つめながら何だってこんなことにと思いながら一応、箸を握る。
「二日酔いでも食べなきゃ駄目だぜ?食は何事も基本だから」
「てめーホストだろ?毎日飲んでるてめーに言われたくねぇよ」
「残念ながら金さん、自分で言うのも何なんだけどザルなんだよね。何飲んでも酔わないっていうか。体質らしいけど」
 じゃがいもを口に頬張りながら普段の自分の飲酒量をざっと計算しているのか体内の水分ほとんどアルコールかもと笑った。
「自慢にならねぇだろ」
「んなことねぇよ。高杉を酔わせてあーんなことやこーんな事も出来ちゃうわけだから」
「しねーよ!」
「今朝だってさー、すげぇ可愛かったよ?玄関にへばってる晋助抱き起こしたら猫みたいにすんすん擦り寄ってきて。あれって何?素なわけ?無意識なわけ?」
 ひくりと頬を引き攣らせて高杉は箸と掌をテーブルに叩きつけた。
「なーんでそんな怒ってんの?」
 金時も箸を揃えて置くと面白そうに目を光らせた。ゆっくりと立ち上がり高杉へと身を乗り出す。
「なんか可笑しいよね。俺のこと警戒してる?」
 近づいた顔をそれでも間近に睨み返し高杉は腕を組むと鼻で笑った。
「ふざけんな。なんでてめーごときを俺が警戒しなきゃいけねぇんだよ」
「そうそう、俺ごときを警戒なんてすんなよ。もっと近づこうよ。俺はお前のことすげぇ知りたい」
「俺は知りたくねぇんだよ、この金髪がっ」
 近寄るなと右腕を振り上げた高杉の手首を金時はまたも咄嗟に掴んだ。
「ほんっと、手ェはやいなあ。ふうふう言ってる猫みたい」
「てめぇ…本気で死にたいらしいな」
 殺気がゆらりと陽炎のように立ち昇るのがわかる。金時はそれでも笑みを崩すことはなかった。その余裕ともとれる態度を高杉はどう受け取ったのか更に瞳が剣呑さを帯びる。高杉の利き腕を掴んだまま行儀悪くテーブルを跨ぐ長い足を睨む。途中でがちゃんと食器が踊ったがどうにか盛り付けられている鰤は机に放り出されることはなく皿に収まっている。
「何なんだよ、てめーは」
「俺はただのホストでぇす!」
 きしりと金時の右足がソファへと乗せられ体重がかかった分だけ悲鳴をあげて沈んだ。そのまま長い腕は高杉を挟みこむように背凭れについて顔を覗き込む。だが高杉もそれに動じた様子はなかった。
「高杉晋助…万事屋。依頼を受けるのは晋助の興味がのったものだけ。左目と左頬を包帯で覆い廃刀令のご時世に帯刀してかぶき四天王にも顔が利く。俺なんかとは違う綺麗な黒い髪に洋装ながらも着物を纏う厳重装備」
 片方の手で髪を撫でて指へと絡め顔の輪郭を辿り表情がない高杉の胸元へと人差し指を引っ掛けた。
「この下には、何があるのかなあーとか。気にするなって方が無理だろ?」
「気にするな」
 ばしりと音を立てて手を払うと金時は更に反対側の足もソファに乗せて体を密着させた。無理と言ったのに素直ではない言葉に笑みが漏れる。
「逢って二度目でこんなに他人が気になったことなんてないんだぜ」
 吐息が触れそうなほど顔を近づける。唇と唇が触れ合うギリギリの場所で止まって金時は顔を傾けた。
「唇がどれくらい柔らかいのかなあーとか。高杉の中はどれくらい熱いのかなあーとか」
「試してみるか?」
「……」
 薄い笑いを浮かべている高杉の目と目を合わせて金時はぞくりと背筋を粟立てた。何時の間に…と少々視線をずらして自分の腹部に押し当てられている凶器を確認する。どこに隠し持っていたのか高杉の刀が僅かに鞘から抜かれて金時に脅しをかけるように押し当てられている。
「いいぜ試してみても。その変わりお前の大事なモンが体からさよならする可能性もなきにしもあらず…」
「なきにしもあらずって亡き者にしようとする気満々じゃねーかよ!」
 キスくらいいーじゃん。と唇を尖らせながら冬眠から起きたての熊のように身を離しかけた金時の腕を掴む。かしゃりと高杉の掌から刀が滑り落ちた。
「…高杉?」
 片方の目がじろりと睨み上げてくる。
「あの…どうしたのかなぁ~」
作品名:続 歌舞伎町へようこそ 作家名:ひわ子