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歌舞伎町へようこそ

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雑多な気配と車のクラクション、喧騒の中、自分の忙しない呼吸ばかりが聞こえる。振り下ろされる刀からまた子を庇おうとして下手に身を捩ったのが拙かった。面白いくらいに綺麗に右手が裂かれて久しぶりに自分の体から鮮血が噴出す瞬間を見た。追いかけてきた似蔵にまた子を任せてやくざだか、チンピラだか分からない男たちを引きつけるように走ったが思いの外、男たちは執拗だった。
 週末のかぶき町など人がゴミのように溢れ返っている。その中をひたすら縫うように走ったが誰も怪我をしている高杉のことなど見向きもしない。それが当然だったし、謂わばこの街の暗黙のルールで賢い生き方だ。
 流石に抜刀して走ると直ぐさま通報されかねないので白銀の刀は腰の鞘に収めたままだ。
 そんなことは構いはしなかったが、また子と似蔵は無事に逃げ切れたのだろうか。
「…ちっ」
 へまをやってしまった。
 薬の密売現場を押さえたいという私立探偵から用心棒になってくれという依頼で、面白そうだったから受けたものの、まさか宇宙海賊春雨が関わっているとは思いも寄らなかった。一人ならば負ける気はしなかったが片手にまた子を抱え、もう片方には依頼人がいる。その両方を守りながら戦うのは若干、苦しいものがあると踏んで逃げたわけだが面倒なことになってしまった。
 さっきからもう一時間以上、裏道から大通りまで走り続けている。いい加減、体力も限界に近づきつつあるし何より斬られた右手の出血が酷く頭が霞んできた。
 貧血になっている場合ではないが呼吸が荒く、足にきている。
 肺が痛い。
(禁煙だぜ、こりゃあ…)
 そう思った端から懐の煙管が吸いたくなったのだから、禁煙など土台無理な話だ。はあはあと何度も肩で息をしながら薄汚れた路地裏の壁に手をついた。その時、遠くから高杉を探す天人の声が聞こえてきて顔を上げると肩を竦めた。
「しつけぇ」
 斬るか、しかし利き手がこのザマでか?
 幾許か逡巡しているとさらに声が大きくなる。悩んでいる間はないと腰の鞘から愛刀を抜こうとしたその刹那だった。
 ぐっと腕を引っ張られる。
「!」
 気配すら感じなかった。唯一健在している右目を大きく見開き、左側を振り向こうとすると背後から抱え込むように路地裏の更に奥へと引きずりこまれた。咄嗟のことに対応しきれない。まんまと他人の接触を赦してしまった高杉が身を捩ると今度は手を捻られて正面を向かされた。
「てめっ」
 誰だと誰何の声を出そうとすると今度は大きな掌が高杉の唇を覆った。驚いて凝視した手はよく手入れされたもので形の良い指にはシンプルだがよく磨かれているプラチナの指輪が幾つも嵌っている。
「しぃ…静かに」
 呼吸が直接触れるほど唇を寄せて耳朶に直接囁く声に身体が竦む。
「……っ」
 驚いた。
 目の前に存在している男はこんな闇の中だというのにはっきりと分かるほどの金色の髪をしていて心細そうに立っている街灯の灯りに反射してキラキラと光っていた。思わず言葉を失ったまま呆けたように見上げていたが彼の向こうから天人たちの声がする。直ぐに我に返った高杉が金色の髪をした男を引き剥がそうと唸って仕立てのいいスーツを引っ張ってもがいていると男は何を思ったのか反対の手に持っていた美しい薄紅色をした女物の小袖を高杉の頭から被せ思い切り引き寄せるとすっぽりと腕の中に隠してしまった。香水だろうか?やたらと甘く蕩けるような匂いがして眉を寄せた。
 すると男は咄嗟の事に抵抗できない高杉の顔に顔を寄せてぽかんと開いたままの唇に唇で遠慮の欠片もなく触れた。
 あっと思った時には角度をつけて更に深く重なっていた。
「んぅ」
 後頭部に廻った男の掌が愛撫するように高杉の髪を柔らかく梳いたり撫でたり、絡めたりしてくる。
(こい、つ…っ)
 抵抗の手段が思い浮かばない。当然のように侵入してきた舌を噛んでやろうにも器用に口腔を這い回り巧みに高杉を煽ってくる。
(く、…そっ)
 頬だけではなく耳朶まで火照ってきたそのとき、とうとう背後まで迫った天人が男と鉢合わせをした。
「おいっ」
 聞くに堪えない低く皺枯れた声がかかる。咄嗟に刀を抜こうとした高杉の手を制した男が唇を離し高杉を自分の体で隠すように胸に抱いたまま肩越しに顔だけ振り返った。
「ここいらで黒髪をした片方の目を包帯で覆っている侍を見なかったか」
 天人たちの声も呼吸も荒い。高杉からははっきりと見えなかったが相当、消耗しているようでこれなら今の自分でも倒せるのではないかと思った。離せ、と男に目で訴えたが男は微笑むと軽く一蹴して目を細めた。
「ホストと甘い一夜を夢見てる女性がここにいるってのに、刀を振りかざしてるなんざ…随分と無粋じゃねぇか。この子が怯えてる」
(…おいおい、無粋はてめぇだろ、この子って誰だよ、俺か!?)
「まあ別に見たいっていうならいいけど、おたくらそういう趣味でもあんの?」
 嘲るような言葉と共に男の手が高杉の腰に絡みまるで何かの前戯のように背骨から尾てい骨のあたりを彷徨っている。流石に高杉は目を剥いたが男が天人から自分を庇っているのだろうということだけは理解できていたので奥歯を噛み締めて我慢した。
(あとでぶち殴ってやる。その小綺麗なツラ鼻血塗れにしてやるからな…っ)
 すると行為の意味を察した天人たちが唾を吐いた。
「この下等な生き物がっ」
 そりゃてめーらでしょ?と男は思っていても口には出さない。長年培ってきた営業テクニックの一つでもある蕩けるような笑顔を向けて「男なら向こうの路地を走っていったぜ?」と足音も荒く去っていく背中に声を掛けてやった。フォローも忘れない。それが接客業の基本なのだ。
 天人の気配が完全に消えるまで男は高杉を離さなかったし高杉もまた引き返してきても面倒だからとそのままの体勢でいることに耐えた。
 
 一体、どれほどの沈黙があっただろう。
 静寂を破ったのは気が短い高杉が先だ。
「おい、いい加減離せ、この金髪天パ」
「助けて貰った命の恩人にその言い草はないんじゃないの?」
「誰が恩人だ、このセクハラ野郎め。刀の錆にならないだけ感謝しやがれ」
 容赦なく男の手を叩き落した高杉だったが身体を離そうとしたその瞬間、驚くべき速さで長い腕が伸びて再び手首に指が絡んだ。
 ついでとばかりに背中が壁に押し付けられて体を挟むように男の自由な片手が壁についた。
「どういうつもりだ」
 呼吸と呼吸が触れ合いそうなほど距離が縮まっている。
 腹立ち紛れに男を睨み上げると彼は何とも面白そうに瞳を細めて高杉を見下ろしていた。
「お礼、して欲しいなぁーって」
 にっこり笑う男に、高杉もにこりと微笑み返した。
「どこがいい?」
「ハイ?」
「腕か、足か、それとも景気良く首いっとくか」
 血で滑る掌で刀の柄を握ると男は慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっ!足とか手とかならまだアレだけど、首とかよほどテンション上がらないと無理っ」
「なら二度とセクハラ出来ねぇように手、いっとくか」
「手も無理ィ!」
 慌てて高杉を解放した男は両手を上げて一歩、下がった。開いた距離を確認して高杉は僅かに抜いた刀を鞘に納めて漸く人心地ついた。
「なあ、名前教えてよ」
「…」
作品名:歌舞伎町へようこそ 作家名:ひわ子