歌舞伎町へようこそ
男は両手を上げたまま涼しそうな顔で高杉を見ている。驚くほど視線を逸らさない男だと高杉は思った。
「人に名前を聞く時は自分から名乗れって教わらなかったか?」
「あー…失礼しました。俺は坂田金時。新宿かぶき町でナンバー1ホストやってまぁす」
「あ、そう」
これで堕ちない女はいないと言われている自然で身の内から零れ出たような笑顔を向けた金時だったが高杉はさも興味がなさそうに頷きもせず踵を返した。慌てたのは金時だ。
「え、ちょっと!!人が名乗ったら自分も名乗れって教わらなかったっけ!?」
縋りつくように高杉の腕を掴んだ金時は思わず怪我をしている右手を掴んだ事に気がついて離そうとしたがどうしても掌は離れない。痛みを感じた筈なのに高杉は眉一つ動かさず鬱陶しそうに金時を睨んだ。
「それ何語?」
「……おま…性格、最悪って言われねぇ?」
「最上級の褒め言葉ありがとうよ。つーか、離せ」
金時は高杉の血液がついている自分の白い指先を見下ろすと、徐に反対側の手をポケットに突っ込んでどぎつい紫色のハンカチを取り出した。何をするのかとこちらを猫のように窺っている高杉の傷付いた手に巻きつけて固めに縛る。それを何とも不思議そうな顔で見下ろして高杉は手を離した金時に視線を遣った。
「はい、終わり。つーかお前、手ェ綺麗なんだからあんま無茶やって傷つけんなよ」
「…礼でも言えって?」
「別にィ…礼もいらねぇしお前が何者でもいいさ。俺が本気出したら多分、直ぐに分かるから」
じゃあね、子猫ちゃん。
背筋が寒くなるような台詞を残して踵を返した金時の広い背中を見つめていた高杉が苛々したように奥歯を噛み締めた。なぜだか腹が立つ。もやもやする。気持ちが悪い。あの派手な金色のもじゃもじゃ頭に思いっきり回し蹴りでも食らわしたい気分だった。
紫色をしたハンカチが血に染まり黒く変色していく。
痛むのも構わずきりりと握り締めた。
「高杉、」
ぴたりと金色の頭をした自称ナンバー1ホストは足を止めた。
「高杉晋助、万事屋だ」
幾許かして、金時が振り返った。
「晋ちゃんかあああ、ちょう可愛い名前じゃねぇの!」
飛び跳ねるような声にひくりと片頬が引き攣るのを感じた高杉は笑顔全開の金時に負けじと微笑んだまま金時に近づいた。
さて、回し蹴りなんて久しくしていないから、ちゃんと出来るかどうか。