【にょたりあ】 恋の前のその前
「い、今までそんなこと言ったことなかったじゃない!!ふざけてるだけで!!」
「ああ・・。ふざけてないとどうにかなっちまいそうだったからな・・・。俺にだってプライドはあるんだ・・・。」
「何のプライドだ!!」
「・・・独立もしてねえのに、お前に本気でせまれるはずねえだろ?」
「・・・・・・!」
「今なら言える。今なら本気でお前を口説ける。たとえこの後、負けちまったってな。」
「・・・・・お前・・・・・勝手だ!!」
「ああ、俺は勝手だよ。お前だってそうだろう?俺達は「国」だ。民のために生きている。民がいるから生きている。でもそれ以外の部分は、「人」を同じ・・自由に勝手にしていいはずだ。」
「・・・・そんなの・・・・私には・・・・わからない!!」
「・・自分の感情は・・・・?いままで考えたことはねえのか?」
「ない!!恋とか、そんなの考えたこと、ない!!」
「なら、今から考えろよ・・・・。俺は自分の気持ちを言った。お前も俺をどう思ってるのか教えてくれ。」
「だから・・・・そんなの・・・・・わからない!!」
ユールヒェンの手が剣をもったまま、だらりと垂れた。
顔を下に向けてしまった。
「だって・・・ずっと・・・・小さい時から知ってて・・・。けんかばっかりで・・・。
お前はオーストリアが好きなんだって思ってて・・・・。」
ハンガリーの顔に登ってきた朝日があたった。
東の空は、もう完全に明けて明るくなっていた。
「・・・・時間がきちまったな・・・・。すぐにデブレツェンに行かねえと・・・。」
うつむいたままのユールヒェン。
混乱した頭では何も考えられない。
「なあ・・・・・・。俺を嫌いか?」
「嫌いじゃない!」
ユールヒェンが顔を上げた。
その表情はいつものユールヒェンと違って、戸惑いをみせて少女らしかった。
「・・・・いまは無理・・・か。」
「・・・だからお前の事は嫌いじゃない!!でも!!」
「でも?」
「・・・だからその・・・・・なんだ・・・・お前が言ってるような・・・」
「俺を好きかどうか?」
「好きだ!好きなんだろうよ!!私だって、お前と一緒に居る時は楽しい!たぶん好きだから楽しいんだろ!!でも!」
「愛してるのかなんて、わからない?」
「う・・・・・・。」
ユールヒェンの髪に朝日があたってきらきらと光っている。
その髪をハンガリーは切れて血の滴る手とは反対の手で握る。
「・・・・・わかったよ・・・。今日はもう行かなきゃならねえ。」
ユールヒェンは、はっとなってハンガリーを見つめる。
体と心が固まってしまったようで動けない。
彼に「好きだ」と言った瞬間から、心にあふれ出した感情に、ユールヒェンは動けなくなった。
(私は・・・・?ハンガリーが・・・好き・・・?)
(だって・・・・・こいつといる時はいつも・・・・楽しい・・・だから・・好き?!)
戸惑ったままのユールヒェン。
彼女は動かなくなってしまった。
目の前のハンガリーがため息をつく。
「まあ、お前に言えたしな・・・。これでいい・・・・か。」
自分に言いきかすようにハンガリーは言うと、大王の仮の墓にひざまづいた。
「大王陛下。俺は一応、約束は守ったぜ。この後はどうなるかわからねえけどよ。」
ハンガリーは立ち上がると、髪をしばっていた布を切れた手に巻く。
「じゃあな・・・・・。お前の答えが欲しかったんだけどよ・・・・。
仕方ねえな・・・・・。日が登っちまった。行かねえと・・・・。」
髪をおろしたハンガリー。
まるで昔の姿のようだ。
彼の故郷で。
まだハンガリーが女のように髪を伸ばしていた時の。
(・・・・ハンガリーが・・・・私を愛してる・・?オーストリアじゃなくて、わたし・・・・?)
「ユールヒェン・・・・今度・・・会う時・・・・。答えをもらえるか?」
「・・・・・・あ・・・・・。」
切れた手と血のにじんだ胸に、ユールヒェンは何も言えない。
「・・・・・そうか・・・・・。わからねえか・・・・。残念だ。」
ハンガリーは、少し笑うとユールヒェンの肩を抱いて、今度は額に口づけた。
「俺は行く。じゃあな。」
どうして、この時、何も言えず、彼にキスを返すことも出来なかったのだろう。
ユールヒェンは動けなかった。
彼がキスして欲しいと思っているのをわかっていたのに。
戦いに行くハンガリーが、この先無事でいられるかなどわからなかったのに。
ハンガリーが動けないユールヒェンを見て、肩をすくめた。
そして、彼は後ろを向くと宮殿の階段を下りていった。
何度か振り返ったハンガリー。
それでもユールヒェンは声が出ない。
立ちつくして、彼を見送るユールヒェンの姿。
光の中で、輝く銀色の髪。
ゆれて動く銀色の乱舞。
俺の好きな女・・・・・。
いつの間にか、奇麗になっちまった俺の幼なじみ・・・・・。
階段の下で馬に乗ったハンガリーはもう振りかえらなかった。
どうしてだか、涙が出た。
ユールヒェンに泣き顔を見られたくはない。
なによりも、この墓にはいないとわかっているはずの亡き大王には、絶対にこの涙を見られたくない。
(ばっかだな・・・俺は・・・・。かっこよく告白だけして別れればよかっただろうに・・・。)
なんでもいいからユールヒェンの答えを聞きたい・・・。
それから、この勝ち目のない戦いに行く・・・。
その答えを胸にしまって・・・・。
ああ、俺の・・わがままか・・・・・。
ユールヒェンからの答え・・・・まだ先か・・・・・。
悪ガキのようなユールヒェン。
まだ、好きな男などいないのだろう。
それだけはわかった。
大王との関係を疑って、心の底で、ずっと嫉妬していた。
それも聞くことが出来た。
(ただの、親子なんだ・・・絆の深い・・・・・。)
安心する自分はちょっと情けない・・・・。
(いいじゃねえか・・・・・。)
まだ、ユールヒェンは恋なんぞ知らないのだ。
(だから・・・今じゃなくたって・・・・。)
いつか手に入れればいい・・・・その心と・・・あの体を・・・・まるごと全部・・。
俺のものにして、俺だけを見つめてくれれば・・・・・。
ずっと守ってきた黒髪の優しい少女。
彼女はこの戦いには出ないだろう。
俺がいなくても、きっと誰かが彼女を守ってくれる。
ユールヒェンは俺がいなくても自分を守れる・・・・・。
ああ、どうしてこんなに思うようにいかないのだろう・・・・。
支配を受けている者と、支配している者・・・・・・。
それはどんなに取りつくろうと、対等ではない。
守りたい女性、オーストリアの騎士のようにふるまってきた。
それは、今となっては茶番だ。
(俺は貴女と戦います。オーストリアさん・・・・・。優しいリーゼロッテ。)
勝ち目はない。
オーストリア軍に勝てても、クロアチア軍が待っている。
そして、その背後にはもうロシアがいるのだ・・・・・。
独立をしようとしたばかりの自分など、大国ロシアの前にひとたまりもないだろう。
それでも行く。
俺の誇りのために。
俺の民のために。
いつか手に入れるお前のために・・・・・・!
たずなを握る手が痛い。
作品名:【にょたりあ】 恋の前のその前 作家名:まこ