銀魂ログ寄せ集め
ああそういえば、と実感するのはこういう時なのだ。
まだ残暑が色濃く残る、陽射しの強い日の事だった。唯空だけは一足先に秋の匂いを漂わせて、地表を悠然と見下ろしている、そんな季節。
溶かされそうな熱の中、茫洋とした頭を下に向けると、薄桃色の小さな頭が視界に入る。と、其処で、ふとした違和感を覚えた。
「オイ神楽。お前首、何か白いモンついてんぞ」
色素の薄い肌の上、子供特有の細い首筋に、何処で付けて来たのか白い液状のものが付着していた。
――首の後ろとはまた器用な事をする。遊び盛りな子供は全く何を仕出かすか判らない。
溜息一つ零して、相手が振り向く前にそれを右の親指で拭ってやる。セクハラヨ!と怒鳴る声を一切無視して、くん、と鼻を近づけると、合成めいた独特の匂いがした。
おや、と思う前に、一部始終を見ていた新八が、横から覗き込む様にそれを見る。
「若しかしてコレ、日焼け止めとか?」
嗅いだ事のあるクセのある匂いに、銀時は言われて道理で、と心の内で納得した。次いで何でコイツが、と疑問符を浮かべる。
「姉御がつけてくれたヨ!」
「姉上が?」
返って来た応えに、新八が首を傾げた。
遊んで来たものだと思い込んでいたが、どうやらそうでは無かったらしい。先程の会話から察するに、目の前の少女は今日は志村家に世話になっていた様だ。
「私、陽の光に弱いネ。あんまりあたると、火傷みたいになってしまうアル。それに姉御が、女に日焼けは厳禁だって言ってたヨ。私も同感アル。女たるもの、何時如何なる時でも直ぐに勝負に持ち込める様、手入れは抜かり無く、アルヨ」
精一杯の平静を装いながら、それでも何処か嬉々として神楽はそう告げた。その姿に困惑し、複雑な心境に駆られる。そうしてその事実に頭を抱えたくなった。
「勝負って何、勝負って。誰とするつもりなの」
「それが判らないから、何時でも出来る様に準備万端にしとくアルヨ」
「つかそれ、もう日焼け止めとか関係無いよね?」
ガシャン、と傘を構える姿に慄きながらも、突っ込まずにはいられない性質の少年を少し哀れに思う。助け舟のつもりで未だその構えを崩さない少女に、定春の散歩にでも行って来いと告げると、すんなり彼女は出て行った。どうやら思っていた以上に、志村家での出来事が嬉しかったらしい。
「…何だかんだ言って、やっぱり嬉しいんでしょうね、神楽ちゃん」
呆、とした表情でぽつりと呟やかれた言の葉に、そーだな、とやる気の無い返事を返す。そのままソファに凭れ掛かり、天を仰ぐ。年季の入ったシミが目に入り、眉を顰めた。
―――こういう時なのだ。実感するのは。
子供だ子供だと思っていても、蓋を開けてみればその子供は女でしかなかった。女は生まれた時から死ぬその瞬間まで女なのだと、彼らが来る前、もう随分と疎遠になっている遊郭の女が言っていた事を思い出す。
「一丁前に色気づきやがって」
舌打ちと共に小さく吐き出した言葉に、隣に居た少年は小さな苦笑いを浮かべた。心中複雑なのは、どうやら彼も同じらしい。
「子の成長は早いって言いますけど、女の子の場合はそれが顕著ですよね」
返された応えに、それはお前もだろうという言葉を、どうにか飲み込む。銀時からすれば彼も充分子供という部類に入るのだが、顕著という部分は嫌でも納得せざるを得ない。
全く持って、不愉快極まりない。
「何処行くんですか?」
徐に立ち上がった自分を慌てて追い駆けようとする姿を手で制して、パチンコ、と一言告げて引き戸に手を掛ける。途端、背中に浴びせられる罵詈雑言に頭を掻きながら、それでも進める歩は休めない。
―――子の成長は早い。
全く持って、その通りだ。
「さて、もし今日当たったってーんなら、陽に弱い糞ガキの為に、何か一つ土産に持って帰んのも悪かァねーな」
カン、と響く鉄の板を踏みながら階下に降りた銀時は、緩い笑みを浮かべながら何処か誇らしげに店までの道程を急いだ。