4/23 PM19:00 【山獄ツナ】
「! おい、山本!」
「…やまもと?」
暖簾をくぐり店から家の中に戻った途端、山本は獄寺の腕を強く引き寄せ、腕の中のツナの背中とまとめて抱きしめた。
ふたりの肩がぶつかり、獄寺が慌てて身体を僅かにひねるが、それ以上は山本の腕の戒めが強くて動けない。
店のほうを憚っているふたりの声は小さく囁くようで、山本の耳にくすぐったく響く。
「なあ、今日泊まってってくれんだよな?」
「うん。母さんとリボーンに言ってきた」
「10代目がお泊りされるのに、オレがご一緒しねー訳ねーだろ」
抱きしめているふたりの背中から胸に伝わる体温が、ひどく心地良い。
「ありがとな。な、明日どーする? どっか行かね?」
「そーだね。今日は雨降ってたけど、明日はやみそうだし」
「つーかその前に、飯だ飯。飯食わせろ」
「はは、オレも腹減ってるのなー」
ふたりを抱えたまま、山本は廊下を抜けて台所に向かった。足がぶつかって多少歩きにくく、そのことについて獄寺は盛大に文句を言っていたが、腕を解く気はさらさらない。
「わ、すごい!」
台所に入り、テーブルに置かれている料理を見たツナが感嘆の声を上げる。
「…これが残りもんとか、てめーの親父さんもよく言うよな」
同じく料理を見ている獄寺が、呆れたような溜息を零す。
確かに、テーブルに乗りきらないくらい並べられている料理はとても豪勢で、店の残り物だとはとても思えない。
山本の好物だけでなく、ツナと獄寺が以前山本の家で食事を呼ばれた時に喜んで食べていたものもしっかりと網羅されている。
「お前ら来てくれてっから、張り切ったんじゃね?」
「あはは、ありがと。でも違うと思う」
「…バカかてめーは。つか手ぇ離せ。腹減った」
「えー」
空腹なのは雨の中部活を終えて走って帰宅した山本も同じだ。しかも目の前の料理に空腹感をますます刺激されている。
それなのに腕の中の身体を開放することが出来ず、山本はそんな自分に苦笑を浮かべた。
「…あんな」
「ん?」
軽く首を傾げて話の続きを待ってくれているツナのふわふわした髪に鼻を埋めると、甘くて優しい匂いがした。
「練習終わって帰ったら、お前らと親父がおかえりって言ってくれて、美味そうな晩飯あって」
山本がツナの髪に顔をくっつけるために背中を丸めると、ちょうど獄寺と視線の位置が同じになる。
夜になると僅かに濃くなる翠の瞳をじっと見つめると、その濡れた表面に自分の姿が映り込んでいるのが判った。
「帰る時間とか気にせず、お前らとずっといられて、明日どうする?って言ったりすんの、すげー楽しいのな。ホント、来てくれてさんきゅーな!」
山本の言葉を聞き、ツナは自分の肩に回っている山本の腕にてのひらを添えて笑い、獄寺は白い頬を僅かに赤くして目線を逸らした。
「いいよそんなの。オレもすごく楽しいし」
「つか、てめーが『誕生日プレゼントは要らねーから週末泊まりに来てくれ』つってダダこねやがったんだろ」
「ん」
優しいツナの言葉も、つっけんどんに見せかけて甘い獄寺の態度も、どちらもとても嬉しくてたまらない。
「そんな訳で、明日は山本の誕生日なんだから、山本が行きたいところに行って、したいことしよう!」
「ですね。おい、10代目とオレが仕方なくてめーに付き合ってやっから、飯食いながらなんか考えとけよ!」
「へへへー」
「…山本、苦しい、てか重いー」
「ツナー、ごくでらー、大好きー」
「な…っ、ゆるみまくったカオして判りきってるコトほざいてんじゃねーよ! ひとの話聞いてんのか!」
照れているのか文句を零しつつもがくふたりの身体を一層強くぎゅうっと抱いた山本は、ツナの頬と獄寺の額にそれぞれ唇を押し当てた後、ぱっと腕を広げた。
「よし、とりあえず飯食おうぜ!」
にっこり笑ってツナと獄寺を覗き込むと、山本の切り替えの早さに一瞬びっくりしたような表情を浮かべて瞳を瞬かせたふたりは、揃えたように同じタイミングで笑った。
「うん。じゃあオレ、汁物あっためるよ」
「冷蔵庫に刺身あるって親父さん言ってたぜ」
「んじゃ、オレご飯よそうのなー」
先ほどツナと獄寺が示唆したとおり、おそらく山本の誕生日の前祝いにと父親が用意してくれた豪華な夕食をいただく準備を整えようとしたが、そんな山本を見て獄寺はぐっと眉間に皺を寄せた。
「おい。そういや、てめー雨ン中走り回ってたんだろ。先に風呂入ってこい」
「あ、そうだね。山本、腕冷えてた」
「ん? これくらいへーきだって」
「ダメ。風邪ひいたらどうするんだよ」
獄寺だけでなくツナにまでぐいぐいと背中を押され、山本は廊下に逆戻りした。
「ええー。オレ、すげー腹減ってんだけど?」
「なら、ちゃっちゃと風呂上がってこい!」
「でも急がなくていいから、ゆっくりあったまって!」
「…ん。じゃあ風呂行ってくるけど、先食っててく…」
「待ってる」
珍しく山本の言葉を遮り、且つきっぱりと言い切ったツナが、ばたんと扉を閉める。
一瞬鼻白んだ山本は、しかし次の瞬間、くしゃっと破顔した。
「よーし、ちゃっちゃとゆっくりあったまってくるのなー」
扉の向こうにそう声を掛けた後、いつも以上に満開の笑みを浮かべて鼻歌まで歌いながら、山本は足取り軽く風呂場へと急いだ。
end.
作品名:4/23 PM19:00 【山獄ツナ】 作家名:れー