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美しい喜劇

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ち……俺は……何も…………!
じゃあ…………は、どう……………だい?
貴方の…………を………後に……………いるのだから、…………には…………ないわ。
そう…………か?早合点は…………よ。
あら………は、ひの……じゃないって………ですかぁ?
お前ら、……………しろよ。………何も…………って言って…………が!
僕だって、…………のこと、……たいですよ。でも……。
信じて……!俺は本当に……………………、知らないんだ!



 声、が聞こえる。聞き覚えのある複数の、言い争うような声。
 それからにおい。湿っぽい停滞を感じさせる、埃と黴が混じったような不快。
 硬く素っ気ない床に横たわっているらしい。手のひらに石の感触。背中にだるい痛み。
 ひとつひとつを認識して、ようやく覚めた意識で視界を開く。薄暗くじめじめとした窓のない閉鎖空間。オレンジのスポットライト。うちっぱなしのコンクリート。七つの人影。
 
 ───え。なに。ここはどこだ。なんで僕はここにいるんだろう。

 いくつもの疑問を頭に浮かべながら、坂上は身体を起こす。そして、周囲の人間たちを見た。

 がっしりとした体格の、不良然とした男。
 猫背で俯きがちな、不気味な雰囲気の男。
 腕を組み不満そうな表情を浮かべる、背の高い男。
 肉付きのいい身体を震わせておろおろとしている男。
 にこにこしながらも、どこか不安そうに眉を寄せている女。
 鬼女の形相でカッターを取り出す女。
 カッターを突きつけられたのは、新聞部の先輩である───

「日野先輩!?ちょ、岩下さん、何してるんですか!カッターをしまってください!!」

 ただならぬ雰囲気に、状況を把握するより前に身体が動いていた。殺気を向けられて狼狽えている彼と、殺気を放つ彼女の間に割り込む。

「何があったのか知りませんが、落ち着いてください」
「坂上くん……どいてちょうだい。日野くんは私を裏切ったのよ。切り刻んでやらないと気が済まないわ」
「だから、それは誤解だと言ってるだろう、岩下!俺だって、何がなんだかわからないんだ」

 裏切り?誤解?話が見えない。

「あのねぇ、坂上くん」
 とまどう坂上をみかねたように、背の高い男が口を挟んだ。少し癖のある髪をくるくると弄りながら、呆れたと言わんばかりに肩を竦める。
「これが、落ち着いていられる状況かい?僕たちは、何処ともしれない陰気な地下室にわけもわからないまま閉じ込められてしまったんだよ?」
 彼の言葉を受けて、肥満気味の男も深いため息を漏らした。
「怖い話を知っている皆さんが集まるっていうから、楽しみにしてきたのに。こんなことになるなんて、がっかりだよ」

 怖い話───ああ、そうだった。新聞部の企画で七不思議の特集を組むことになり、自分は聞き役として集会に参加していたのだ。
 日野を取り囲む六人の男女は、その語り部たちに他ならない。七不思議だからと七人呼ばれたはずが、何故か六人しか集まらず、彼らがそれぞれの話を語り終え、いまだ現れぬ七人目に苛立ちを募らせているところへ、六人に声をかけた張本人である日野がやって来たのだ。
 彼は坂上たちを労い、差し入れだと言ってペットボトルの飲み物を差し出した。坂上も語り部たちも暑さで渇いた喉を潤すべくそれに手を伸ばし───その後の記憶がない。

 坂上はそこまで思い出すと、窺うように日野を見上げた。彼は坂上と目が合うと一瞬苦しげに眉を寄せ、けれどすぐに表情を戻してまっすぐに後輩を見た。
 坂上は息を呑み、動揺を隠そうと目を逸らす。しかし日野からの視線は、相変わらず痛いくらいに注がれ続けた。

「それじゃあ、風間さんと岩下さんは、日野先輩を疑っているんですか?」
「疑うもなにも、日野がやったとしか考えられないじゃないか」
「日野くんが用意した飲み物を飲んで、私達は意識を失ったのよ」
 風間望と岩下明美は、横目で日野を睨み付けながら責め立てる。しかし他の四人は同意見ではないらしい。
「先程も言いましたが、早合点は禁物です。先に倒れたお二人が知らないのも無理はありませんが、僕は日野さんがペットボトルに口をつける前に昏倒するのを見ましたよ」
 事実を根拠に日野を庇うような態度を見せたのは、二年の荒井昭二だ。つい先程怖い話を語った時のように、その口調は淡々としている。それを聞くや、風間は顔をしかめた。
「そんなの、演技に決まっているじゃないか」
「仮にそうだとしても、こんな地下室に僕たちと一緒に閉じ籠って、日野さんに何の得があるというんですか?」
「荒井の言う通りだぜ風間。岩下も、カッターしまえよ。今はそんな言い争いしてる場合じゃないだろ」
 強面の新堂誠が、苛立ちを噛み殺したような低い声で諫める。そして、冷や汗を垂らす日野の肩を軽く叩いた。
「気にすんなよ、日野。俺はお前を信じるぜ」
「あ、ああ……ありがとう。みんなも、信じてくれ。今は犯人探しをするよりも、この状況をどうするか、一緒に考えよう」
 風間は納得がいかなさそうにしながらも黙りこみ、岩下は渋々といったようにカッターを引っ込める。残る二人───細田友晴と福沢玲子は、日野を疑ってはいないが信じてもいない、どっち付かずな態度を見せた。

 この状況。その言葉に、坂上は改めて現状を確かめる。窓のない壁に四方を囲まれた地下室。天井にはライトがひとつ。坂上の目線の先の壁には五段の階段があり、上りきった所に鉄の扉がある。既に誰かが試し、鍵がかかっていることは確認済だろう。その反対の壁の下方には、ネズミが通れるくらいの通気口があった。 上方には教室にあるようなスピーカーらしきものも見える。そして坂上から見て左側の壁に寄せるように、ふたつのダンボールが置かれていた。

「あれは?」
「あれ?」
 坂上の視線を辿って問いに答えたのは日野だった。
「ああ……右は食料と水。左は刃物や毒物に爆弾……つまり、武器だな」
「えっ?」
 血相を変えて日野を見上げる。眼鏡の奥で切なげに細められる瞳が、坂上の記憶を呼び覚ました。





『うわああああああっ!?』
『坂上っ!?』
 それは三日ほど前のこと。もう少しで手が届くと、不安定な踏み台の上で背伸びをしたのは失敗だった。お目当ての資料を棚から引っ張り出した途端バランスを崩してよろめいた坂上は、絶妙なタイミングで取材から帰ってきた日野に抱き止められたのだ。
『……あ、』
『大丈夫か?怪我は?』
『は、はい。何もないです。あ、ありがとうございます……』
 うるさく騒ぐ心臓を押さえ、落ち着こうと深呼吸する。その間も、日野は坂上を抱える腕をほどこうとしない。
『あの、日野先輩?もうだいじょ───』
 それどころか、坂上の背中を胸に押し付けるように抱きすくめた。
『坂上……』
 かすれた声が耳元で名を呼ぶ。坂上の思考はその一瞬、凍りついた。
『好きだ』




 あのときの言葉が頭の中で反響し増幅していく。日野は返事は急がないと言った。ゆっくり考えてほしいと。
作品名:美しい喜劇 作家名:_ 消