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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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あなたが朽ち滅ぶまでですよ、忌々しい

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「あなたのような変態が私のようにキチンとした人間を好いて下さるはずがないことは分かっておりますので」

全てを言葉として口から出し終えてから、ジャーファルは首をひねった。アレ? 何故私はこんなことを言う羽目になったのだっけ。うーんうーん、額に手を当ててぐるぐる考える。
ことの発端は『シンドバッド王の子を身ごもったので、産んだあかつきには認知してほしい』というとある女からの申し出だった。
ジャーファルは常々そのような事態を危惧していたものだから、そらきたか、という心持ちであったと共に、シンドバッドを密かに慕う身としては大変なショックを受けたわけなのだが。
しかし一件は、蓋を開けてみれば全てが女の狂言であり、妊娠すらしていなかった。養育費が目当てだったのだろうがこうも見え見えの嘘をつくのはなんと馬鹿らしいことか。
シンドバッドははなから「そのような遊び方はしていない」と明言していたし、それを信じなかったことにジャーファル自身も多少の罪悪感は感じたものの。心を揺り動かされた恨みをぶつけるように「シンドリア国内にあなたの子供が溢れかえる前に、どうかあなたを縛り付ける鎖のような強いお妃を見つけなければなりませんね」嫌みをたっぷりと込めて、言葉の鉄槌を叩き込んでやった――つもり、だった。
しかし、返った言葉は、「鎖のようなお姫様って、まんまジャーファルじゃないか」へらへらと笑いながら、七海の覇王シンドバッドは、何事もなく当然のこと、とでもいうように言い切ったのだ。
そうだ、それで、自分はあのような、「あたかも自分がシンドバッドを好いているのは前提です」と言わんばかりの、口にしたくもなかった台詞を吐いてしまったのだった。
ジャーファルは唸りながら指で眉間を掘るようにぐりぐりとやってから、「済みません、シン」口を開いた。

「頭にきてしまっただけなのです。今のはなかったことに、」

顔を上げたジャーファルは、シンドバッドが柄にもなく、魂が抜けたような顔で驚いているのを見た。
彼がどうしてそれほどまでに狼狽えているのかを考える暇もなく、シンドバッドがじり、じり、と近付いてくる。
ジャーファルもそれに併せて「シン?」一歩、「えっ、ちょっと」二歩、下がる。「怒ったのですか」と問いながら、そうではないことが分かっている。
ああ、これは、もう取り返しのつかないことになってしまったのだ。それだけは分かった。しかし、何故そうなったのかが分からない。

「シン、止まって下さい。怖い――」

執務室の石の壁が、ドンと背中に当たって、それでもシンドバッドは歩みを止めなかった。見開いた目の驚きはその時既に収束していて、彼には珍しく真剣な眼差しが宿っている。そしてそれはジャーファルに真っ直ぐ向けられていた。
彼がそのような表情をすることはそう頻繁にあることではない。しかし理由が見当たらない。後ろを追い詰められ、左右のどちらに逃げようかとオロオロしていたジャーファルの腕が、むんずと掴まれた。

「ヒャアアッ!」

肩から震え上がって、シンドバッドの大きな体躯の脇からすり抜けようとするも、左の腕は強い力で掴まれていてそれ以上は進めない。「放して!」と振り上げた右手も、すぐに掴まる。
抵抗する両手を封じられて、しょうがないので足で固い膝に何度も蹴りを食わせた。もちろんびくともしなくて、あわわあわわわと狼狽えるジャーファルは、それでも何度も蹴り続けたが。
すうっと空気中のルフが引き締まり、

「動くな!」

放たれた。
瞬間、身体が言葉に服従し、文字通り動けなくなった。狼狽えたままの心が、身体の表面を小刻みにだけ震わせている。
シンドバッドの掌が首に触れ、頬を包む。温かい、その手が怖い。逃げたい、でも、「動くな」と命ぜられた。指先が愛しそうに肌を撫で、鋭かったシンドバッドの両眼がふわりと緩められる。逃げたい。でも、「動くな」と命ぜられた。
額まで覆う布を優しい手がおもむろに差し上げて、大きな身体が屈められる。頭に口づけが落ちてきた。これを受けてしまったらもうおしまいだ、と思った。でも、「動くな」と命ぜられた。

「違うな、すまん」

唇は触れる寸前で、停止していた。「今のはなし。動いてもいいよ」困ったように笑いながら、シンドバッドは言った。

「でもね、逃げないではくれまいか」

ジャーファルの手首を掴んで持ち上げ「これは、俺からのお願いだよ」その甲に口づけを落として。シンドバッドは跪くと、何かを待つように、目を伏せる。
沈黙が降りる。彼が、何も言わないから。
沈黙は更に続く。彼が、何も言わないから。
そして、ジャーファルは気付いた。
シンドバッドは、自分が何か言うのをずっと待っているのだ。否定でも肯定でも、この唇から答えが紡がれるのを、永久に待つつもりなのだ。
しかも、ジャーファルがそれを悟ると想定した上で、彼は沈黙しているに違いない。確信犯、腹立たしい。
でも、とても愛しい私の王。

「負けましたよ」

シンドバッドが、ピクリと僅かに動いた。

「シンの、好きにして下さい」

答えた瞬間、ジャーファルは抱き上げられて軽々と放りあげられた。身体が落ちた先は、時折自分が引きずり込まれるあの馬鹿みたいに柔らかくてフワフワの仮眠用ソファで、羽毛に沈み込んでうっとりしそうになったタイミングで、シンドバッドの身体が降ってきた。
文句を言おうとした唇が、発声前の吐息すら飲み込む素早さで塞がれ、吃驚してつい出てしまったジャーファルの拳を余裕の様相で受け止めた上で、唇を味わう為だけの浅い口づけが続き、頬をぺろりと舐め上げられるのを合図に一旦解放される。
目を白黒とさせているジャーファルの、頭部を覆う守りの布をごつごつとした指が取り去ってゆき、「やっぱり、おまえの髪はきれいだね」大きな掌が銀色がかった髪をくしゃりと撫でる。「フワフワだ」微笑ってから、頬を撫で、撫でられた場所に口づけも漏れなく落ちてきた。

「あっ、ちょ、ま……待って、シン」
「何だいここまできて」
「まだあなたの言葉を何も聞いて――」

言葉の続きを全て呑み下すように、分厚い唇が自分のそれに覆い被さっていた。擦れ合う身体が熱い。しかしそれだけではなく、シンドバッドの身体の中心に有り得ない熱を感じ取って、ジャーファルは激しく狼狽した。気付かれたことに気が付いたシンドバッドは、再び逃げようと無駄な抵抗を始めたジャーファルの身体を、その自由を奪うようにねっとりとまさぐりながら、熱いものをわざと押し当ててきた。

「ぅっく、このっ、」

耳までを真っ赤にして抗議するためか開かれた歯列の間にシンドバッドは舌をねじ込み、小さな舌を絡めつくして言論の自由を奪う。
着込んだ衣服の上からでも、ジャーファルの身体が熱くなっていることは容易に分かった。脱がしてやったらどんな顔をするかな? 考え出すと手を下さずにはいられない。シンドバッドは掌を滑らせてローブを脱がすと、内側の着衣に手を掛けた。

「ぁん、あっ、アっ」

温かい指が腹の辺りから忍び込み、胸の突起に辿り着いて――

「スイマセン、外まで聞こえます」
「ギャアアアアアアアァ!」