『その日』の彼女 前編
* * *
『ありがとう』と言うかわりに悪態をつきあい、
『元気だせよ』と言うかわりに小突きあい、
『ちょっと甘えさせて』と言うかわりにフライパンで殴ったり、小鳥をけしかけたりして、
あきれるほどささやかな、けれど何百年たっても変わらない、贅沢な関係。
自分たち二人には、そんな関わり方こそが、望みうる最高のもので――
それだけで、充分満たされていたはずなのに。
知らなければよかったのかもしれないと時々思う。
どうして、こんな欲を、知ってしまったのだろうと。
* * *
「あ、ああのさ、プロイセン、来週の土曜って、家にいるのよね」
きっと端から見れば全くさりげなくはないのだろうが、精一杯さりげなく尋ねたハンガリーに、プロイセンは数秒間固まった後、ぶわっと首筋まで紅に染めた。
「お、おう、多忙な俺様には珍しく、たまたま!偶然!その日は一日あいてるぜ」
ハンガリーはよし、と腹に力をいれて、明るい声をあげる。
「ふ、ふーん偶然ね…わ、わたしもたまたま、その日お休みでね、」
「!!!」
プロイセンの動きが再び止まった。
ぎぎぎ、ぎく、しゃく、と腕組みし、上擦った声で笑ってみせる。
「そ、そそそそうか!俺様なんか三ヶ月に一度の連休だぜ!うらやましいだろ!」
「へ、へえええそうなんだ!ぐ、偶然、わ、わたしも、…」
大きく、息を吸い込んで、ハンガリーは続けた。
「休み、なんだけど。つ、次の日も」
その場に、緊張に満ちた沈黙が落ちる。
「…そそそそそうか!!そうか!!!休暇の過ごし方は仕事の効率に影響するからな!お前も映画でも見てゆっくりした方がいいんじゃねーの!」
「うううううんそうなんだけどでも」
「ちなみにおおお俺様も部屋でゆっくり過ごすぜ、さ、最近その、デカいテレビ買ったし!映画とか観るとスゲー迫力だし!!」
来た!ぐっと身を乗り出すハンガリー。
「う、うわあ(棒読み)!!いいなあ羨ましい!」
「おう!そういやお前!こないだなんか見たいのあるって言ってたよな!なんだったらあれ、一緒に」
「あ、それ、もうわたし見ちゃっ…」
つい反射的に、正直に答えかけてしまい、次の瞬間しまったああああああああと心で絶叫するハンガリー。
凍りつく場の空気。こっそり見上げたプロイセンはなんだか涙目だった。
「…」
「……」
沈黙。どうしようもない沈黙。
しかしそこは曲がりなりにも男子、腐っても元軍国のプロイセンだった。鍛え上げた鋼の精神力で体勢を立て直し、果敢にそれを打ち破る。
「そそそそうだ、ヴェスト!ヴェストがその日は美味い飯作ってくれるって」
必死の形相でそれに乗るハンガリー。
「う、うわあー(緊張のあまり棒読み)!いいなあ!ど、ドイツのご飯美味しいものね!!」
「お、おう羨ましいだろ!り、量もたくさんだしな!」
ふんぞり返った後、プロイセンはその不自然な姿勢のままあさっての方向を向いてボソボソ呟く。
「……だ、だだだからな。あの、べ、べべべつに客が一人くらい増えても、余裕、だと、思うぜ」
「そそそそうかー。へぇー。い、いいこと聞いちゃったー…」
つられるように真っ赤な顔でうつむいて、ハンガリーも小さな小さな声で言う。
「ひ、暇でどうしようもなくなったら、……ひょっとしたら、遊びに行こう、か、なー…なんて」
思い切ってそう言って、おそるおそる見あげると。
「………おう。いいんじゃね?」
そっぽを向いたまま、ゆるんだ口元を隠すように手で押さえて、そう言ったプロイセンが、あんまりにも嬉しそうで。
本当にわかりやすく上機嫌になるものだから、ハンガリーは、決意と覚悟を新たにしたのだ。
『おつきあい』なるものを開始してから、初めて迎える彼の誕生日。
千年近く生きてきて、初めてできた『恋人』と迎える『その日』を、自分の思いつくかぎりあらゆる方法をつかって、最高のものにしようと。
『ありがとう』と言うかわりに悪態をつきあい、
『元気だせよ』と言うかわりに小突きあい、
『ちょっと甘えさせて』と言うかわりにフライパンで殴ったり、小鳥をけしかけたりして、
あきれるほどささやかな、けれど何百年たっても変わらない、贅沢な関係。
自分たち二人には、そんな関わり方こそが、望みうる最高のもので――
それだけで、充分満たされていたはずなのに。
知らなければよかったのかもしれないと時々思う。
どうして、こんな欲を、知ってしまったのだろうと。
* * *
「あ、ああのさ、プロイセン、来週の土曜って、家にいるのよね」
きっと端から見れば全くさりげなくはないのだろうが、精一杯さりげなく尋ねたハンガリーに、プロイセンは数秒間固まった後、ぶわっと首筋まで紅に染めた。
「お、おう、多忙な俺様には珍しく、たまたま!偶然!その日は一日あいてるぜ」
ハンガリーはよし、と腹に力をいれて、明るい声をあげる。
「ふ、ふーん偶然ね…わ、わたしもたまたま、その日お休みでね、」
「!!!」
プロイセンの動きが再び止まった。
ぎぎぎ、ぎく、しゃく、と腕組みし、上擦った声で笑ってみせる。
「そ、そそそそうか!俺様なんか三ヶ月に一度の連休だぜ!うらやましいだろ!」
「へ、へえええそうなんだ!ぐ、偶然、わ、わたしも、…」
大きく、息を吸い込んで、ハンガリーは続けた。
「休み、なんだけど。つ、次の日も」
その場に、緊張に満ちた沈黙が落ちる。
「…そそそそそうか!!そうか!!!休暇の過ごし方は仕事の効率に影響するからな!お前も映画でも見てゆっくりした方がいいんじゃねーの!」
「うううううんそうなんだけどでも」
「ちなみにおおお俺様も部屋でゆっくり過ごすぜ、さ、最近その、デカいテレビ買ったし!映画とか観るとスゲー迫力だし!!」
来た!ぐっと身を乗り出すハンガリー。
「う、うわあ(棒読み)!!いいなあ羨ましい!」
「おう!そういやお前!こないだなんか見たいのあるって言ってたよな!なんだったらあれ、一緒に」
「あ、それ、もうわたし見ちゃっ…」
つい反射的に、正直に答えかけてしまい、次の瞬間しまったああああああああと心で絶叫するハンガリー。
凍りつく場の空気。こっそり見上げたプロイセンはなんだか涙目だった。
「…」
「……」
沈黙。どうしようもない沈黙。
しかしそこは曲がりなりにも男子、腐っても元軍国のプロイセンだった。鍛え上げた鋼の精神力で体勢を立て直し、果敢にそれを打ち破る。
「そそそそうだ、ヴェスト!ヴェストがその日は美味い飯作ってくれるって」
必死の形相でそれに乗るハンガリー。
「う、うわあー(緊張のあまり棒読み)!いいなあ!ど、ドイツのご飯美味しいものね!!」
「お、おう羨ましいだろ!り、量もたくさんだしな!」
ふんぞり返った後、プロイセンはその不自然な姿勢のままあさっての方向を向いてボソボソ呟く。
「……だ、だだだからな。あの、べ、べべべつに客が一人くらい増えても、余裕、だと、思うぜ」
「そそそそうかー。へぇー。い、いいこと聞いちゃったー…」
つられるように真っ赤な顔でうつむいて、ハンガリーも小さな小さな声で言う。
「ひ、暇でどうしようもなくなったら、……ひょっとしたら、遊びに行こう、か、なー…なんて」
思い切ってそう言って、おそるおそる見あげると。
「………おう。いいんじゃね?」
そっぽを向いたまま、ゆるんだ口元を隠すように手で押さえて、そう言ったプロイセンが、あんまりにも嬉しそうで。
本当にわかりやすく上機嫌になるものだから、ハンガリーは、決意と覚悟を新たにしたのだ。
『おつきあい』なるものを開始してから、初めて迎える彼の誕生日。
千年近く生きてきて、初めてできた『恋人』と迎える『その日』を、自分の思いつくかぎりあらゆる方法をつかって、最高のものにしようと。
作品名:『その日』の彼女 前編 作家名:しおぷ