だぶるおー 天上国1
疑われた理由に気付いて、ロックオンも、そこに辿り着く。王立技術院の教授というなら、最新鋭の武器や武具のことを研究しているはずだからだ。
「そこまではいかないが、近い。」
「・・・わかった・・・そっちの話は聞かないことにする。それでいいか? ジョシュア。」
「そうしてくれると助かる。疑いたくはないが、俺の仕事は、国境と国を守ることだ。それは、曲げられないんだ。」
実入りが良いから軍人をやっている。だが、この国には家族が住んでいて、その国が崩壊するのは、ジョシュアも困る。そこだけは曲げられない。
「すまない。配慮が足りなかったな。」
「いや、教授も同様だ。あんたが優秀だから、ついつい軽く喋りそうだ。」
ゆっくりと身体を横に倒して、ロックオンも謝った。まったくどこの人間かもわからないのに、軍事機密に関係しそうなことに言及するのはまずい。
そして、ジョシュアは大切なことを耳から流してしまった。「俺は・・」 と、ロックオンが、わざと限定したことに疑問を抱かなかった。
さて、それより少し時間を遡った某所では、大騒ぎが起こっていた。灰色に額に白い星が入った大柄の馬が厩舎で大暴れしていた。となりの似た姿の馬は、まだ大人しいのだが、片方は興奮して手が付けられない。
「デュナメス、落ち着け。すまないが、俺を乗せてくれるか? おまえなら、あの人を追えるはずだ。」
そう、紫紺の法衣のティエリア・アーデが、その暴れ馬のデュナメスの前で、頭を下げると、高く嘶いてデュナメスは静かになった。
「ケルビィム、おまえは後から来るんだ。道案内をして来い。」
もう一頭に、そう命じると、馬棒を外し、ティエリアは、デュナメスに鞍をつける。本来は、デュナメスの主人しか乗れないのだが、今回は緊急事態だと、馬のほうもわかっているから、大人しく鞍を付けさせている。だいたい、自分の主人は、何を勝手なことをしてくれるんだっっ、と、ものすごく怒っていた。主人の外出には、必ず、自分が従うものだと決まっているのに、あろうことか、他の厩舎の普通の馬で出かけてしまった。ある意味、浮気だ。ありえない、と、その事実に気付いてから、暴れていたわけで、ティエリアも同様の気分だ。外出するなら、護衛の俺を連れて行け、と、何度も言うのに実行されたことがない。一人でふらふらするな、と、何度も叱っているが、それすら、へらへらと笑って謝るだけだ。まあ、デュナメスは特別な馬だから、これに乗っているなら、よしとするところがあるが、今回は違う。ただの普通の馬で外出したら、何事かあっても、どうにもならない。
「・・・ったく、あの人は困ったものだ。おまえだけでも連れていてくれれば、こうはならないんだ。」
ぶすぶすとティエリアも爆発しそうな勢いで文句を吐いて、鞍にまたがった。まったくだ、と、デュナメスも同意する。
「あの人の気配を感じる方向に走ってくれ。」
厩舎を出て、鐙で馬の腹を軽く叩くと、まかせろ、と、灰色の馬も走り出す。デュナメスは、あの人と繋がっている部分があるので、捜索するなら、それを頼りにするのが手っ取り早いのだが、乗せてくれることが皆無という馬で、辛うじて、ティエリアと、もう一人の頼みだけは聞いてくれるだけだ。だから、ティエリアは、それを実行した。
「行っちゃったよ? 僕らの護衛さんが。」
「しょうがねぇーだろ。あいつにとっちゃ、養い親みたいなもんだ。そりゃ慌てるさ。」
それを少しは慣れたところで見ていた二人は、やれやれと苦笑する。行方不明になった場所は、報告されたが、そこには人家がなかった。だから、そこから連れ去られたと考えるほうが正しい。
「カティーさんが、コーラサワーと出てくれるって。それと、シーリンがクラウスの知り合いを使って情報収集してくるって、こっちも、さっき出かけたよ。」
行方不明の捜索に割ける人員は、全て出した。これで、どこからか情報ももたらされる。瀕死ではないはずだ。それなら、さすがに、呼ぶだろう。だからこそ厄介だ。どこかに攫われてしまったら、捜索も広範囲になってくる。
「なんで、ああ、バカなんだろうな? 」
「うーん、でもさ、僕が言われても、やっぱりびっくりはすると思うんだよね。」
わかる気はするのだが、だからといって行方不明になられては洒落にならない。ちょっとは、考えて行動しろ、と、言いたいところだ。
「義兄を連れ戻しに参りますわ、アレルヤ、ハレルヤ。」
背後から声がしたので、振り向いたら、そこにはケルヴィムに跨ったアニューが居る。
「まだ早いよ、アニュー。ティエリアが見つけてからにすれば? 」
「いえ、見つけてから駆けつけては、抗議する暇がありません。・・・ライルは、ラッセとリヒティーで抑えてますから大丈夫です。一度きっちりと私のお話を聞いていただきたいと思っておりました。ちょうど良い機会です。」
さすがに、二人同時に王国を留守にされては、こちらも困る。どちらかが安全な状態でなければ、王国の維持は難しくなる。だから、ライルではなく、アニューが出かけるらしい。だが、ものすごく爽やかに、「クソ義兄、本気で説教してやる。」 と、背後からお怒りオーラが噴出している。
「斬りつけるなよ? アニュー。」
「そこまでは・・・いえ、それも有りですね? ハレルヤ。」
「まあ、有りっちゃー有りだけどよ。後が大変だぞ。おまえんとこのバカ、ブラコンだから拗ねるぜ? 」
「ほほほほ・・・・可愛いでしょ? 」
「やる気満々だな? 呼べるだけの意識は残せよ? 」
「それは心得ています。では。」
ケルヴィムもやでやで、と、息を吐いて走り出す。それが手っ取り早いのは、はっきりしているからだ。探して連れ帰るだけでは意味がない。呼ばせて、手を取らせなければならないのだ。その有資格者だと自覚してくれれば、それで、この王国も安泰する。
この王国の王は、国から出ることができない。
ただひとつ、王妃が呼べば、その時に限って、王妃のいる世界のどこへでも飛ぶことができる。この王国の王は、国と王妃なら、王妃を選んでよいとされているのだ。今の王妃は、一度も呼んだことがない。そして、当人は、自分がそうだと自覚していない。
王が望むものを手に入れるために、外へ出たのだが、それはあくまで王のために臣下として答えようとしているだけというおかしなことを考えている王妃だった。
「俺のような戦いで親を亡くしたものを助けてやりたい。できれば世界から、戦いを根絶してしまいたいが、その前に、子供を保護できる場所を作りたい。」
王は、そう言ったので、保護できる場所として大きな孤児院を建てるために、建築できる人間を召還に向かったのだ。今の世代には、その専門家がいなかったから、王妃は探しに出た。王妃には、その力があって、王妃になる前から、その仕事はしていた。先代の王の御世では、それが当たり前の仕事で、外の世界を自由に走り回っていた。そのクセが、当代の王妃となっても抜けない。そして、困ったことに、その王妃の能力というのは絶大すぎて、状況を悪くするし、トラブルも多い。だからこその護衛や特別な馬なのだが、当人は理解していないのだ。
作品名:だぶるおー 天上国1 作家名:篠義