だぶるおー 天上国1
「ところでさ、暇つぶしに建築関係の本が読みたいんだが、そういうのあるかな? ここのお嬢さんたちに頼んでも、そういうのはわからないって言うんだけど。」
「建築? まあ、城の書庫にはあると思うが・・・・そういうことなら、顧問のエイフマン教授がいるから聞いてやるよ。てか、なんで建築? 」
「ちょっと勉強しておきたくてさ。王都に行ったら、王立図書館に通ってみようと思ってたんだ。そういう知識があったら、便利だと思って。」
ただいま、この城には王立技術院の教授が、この城の書庫にある書物を調べるために滞在している。先代が、酔狂な男だったとかで、ここには、貴重な資料が眠っているらしい。
「設計でも生業にするとか? 」
「そういうんじゃないんだけど、大きな建物を建てるには、どうしたらいいのか知りたいんだ。知り合いに尋ねられたんだが答えられなくて困ったから。」
まあ、この男にも知り合いはあるだろう。それもあって王都へ出向こうとしていたのだと、ロックオンも言う。
「大きなって城ほどか? 」
「いや、そこまでのものじゃなくて、木で建てられるぐらいの大きさ。」
そんな話をしていると、侍女たちが午後のお茶だと運んでくる。こんなもの、この城にあったんかいっっ、と、ジョシュアがツッコミたくなるくらい香りの良い紅茶だ。ごくりと飲んで、ロックオンが茶葉名を言い当てると、侍女たちは尊敬の眼差しでロックオンを見て、手を叩く。
「さすが、姫様。よくご存知です。」
「いや、うちに、こういうのに詳しいのがいるんでさ。いろんなものを飲まされているんだ。・・・・俺は、なんでも美味いと思うんで、適当でいいよ。これ、高いんだろ? 」
「姫様には、美味しいものをご用意するように、と、グラハム様が命じていかれましたので、一番のものを用意しております。」
優雅にティーカップを持ち上げているロックオンは、どうも上流階級にも関係がありそうだ、と、ジョシュアは、その様子を観察する。普通の傭兵は、茶葉なんてものには関心がない。
それを証明したのは、エイフマン教授の講義が始まってからだ。武具や武器の専門家で、それほど建築には詳しくないが、と、断りを入れてから、教授の講義は始まった。ついでに、きみたちも聞いておくといい、なんておっしゃったんで、ハワードやダリル、ジョシュアも参加させられている。
「つまり基礎の段階で、その上に架かる加重も考慮しておくべきだと言うことですか? 」
「ご名答じゃ、姫君。きみは、なかなか賢い生徒だ。全体に架かる加重というものを先に計算しておかなければ、土台が保たなくなる。木と言っても、大きな建物となれば、加重も相当なものになるから、安定した土台が必要じゃ。つまり、土地を水平に慣らす段階から、それは始まるわけだが・・・・簡単な建物なら、水平な石を集めて積めばいいが、大きくなると、それでは不安定だ。柱を設置する場所を掘り下げて、土台となるような石をいくつか配置するべきだろう。」
「じゃあ、結構、大掛かりですね。レンガ造りのほうがいいのかなあ。」
「レンガ造りにするにしても、土台と骨組みは、まず、木で作ることになる。城ほどの建造物となれば、柱も石造りになるが、そこまでは考えておらんのじゃろ? 姫君。」
「ええ、そこまで大きなものではないんです。でも、俺が一人でやれるような小さなものでもないんで、そこいらの加減がわからなくて。」
「きみが建てるつもりかね? 」
「いや、知り合いが建てるんですが、手伝うことにはなると思うんで。最低限の知識が欲しいと思いました。」
「ということは、館クラスというところだな。それなら、併用タイプというのがある・・・」
という具合に、講義は進んでいく。ジョシュアには、まったくわからないが、ロックオンは、ある程度の知識は、すでにあるらしく、ちゃんと質問もする。それに気を良くした教授も、さらに進んだ工法というものの説明になってくる。そうなると、軍人は暇だ。ダリルは居眠り体勢に入ってくる。ジョシュアも、何度か意識を失った。
すっかりと日が傾きかけたところで、そろそろ今日は終ろうと、教授が講義を止めた。
「ありがとうございました、教授。」
「いや、わしも楽しかった。明日の午後でよければ、続きをするが? 」
「お手隙なら、是非。教授の専門のお話もお聞きしたいと思いました。」
「よかろう。明日は、そちらの講義もするから、きみらも居眠りせんで済むだろうな。」
しっかりバレていたらしく、教授は高笑いして部屋を辞した。やれやれと、三人が力を抜くと、ロックオンがベルを鳴らして、お茶を用意させてくれる。
「付き合せてすいません。」
「姫君は、元々知識がおありなんじゃありませんか? 」
ジョシュアも疑問に思ったことをハワードが尋ねた。ただの素人では、あの話は高度すぎてついていけない。
「知識というほどではないですが、以前、自分で家を建てたことがあるし、その維持もしていたからでしょう。」
「建てた? 」
「いや、そんな大層なもんじゃなくて、掘っ立て小屋てすよ? ダリルさん。」
「傭兵って、そんなこともすんのか? ロックオン。」
そうだと思っているから、そう尋ねたら、ちょっと目を大きくして、ロックオンは苦笑して、「するんだろうな。」 とは、返した。何か含みはあったが、ジョシュアは気付かぬフリでスルーした。
「素晴らしい、さすが隊長が見初めた方だ。博識で、美しいなんて、天は二物を与えたとしか言いようがない。」
「それをひと目で見抜いた隊長もすごい。」
ダリルとハワードは、そういう意見であるらしい。いや、そこじやないだろうと、ジョシュアはツッコミたいのを堪えた。万が一、ロックオンが他の大国のスパイだとしたら、あまり教授の専門分野の話なんて講義させるのはまずいだろうと思ったからだ。誰も、それを疑っていない。グラハムが連れ帰った姫君だから、ということで、その部分を考えないのだ。それに、あの男だけではなく、誰もが、ロックオンを姫君として扱っている。まるで、本当に、そうであるかのような扱いにも、疑問がある。
・・・・・もしかして・・・こいつがウイザード(魔法使い)なら・・・・
魔法力があるなら、暗示やすりかえは簡単なことだ。グラハムを誑かしているなら、他のものは疑問には感じない。
一服して、ダリルとハワードは先に退出した。それから、ジョシュアは、のんびりとお菓子を摘んでいるロックオンの前に立った。
「ん? 」
「おまえ、ウイザードか? ロックオン。」
人差し指を突きつけて凄んだ。ここで動揺すれば、確定だ。だが、相手は、ちょっとびっくりして、それから左手を横に振った。
「俺はウイザードじゃない。そんなのが使えんなら、さっさと怪我を治して逃げてるさ。」
確かに、そうだった、と、ジョシュアがロックオンの胸の辺りを、軽く平手で叩いたら、ぐっと息を詰めて前のめりに倒れた。不意打ちで、演技ではないのはわかったから、ふう、と、ジョシュアも力を抜く。
「すまない。ちょっと疑問が湧いたんで確かめさせてもらった。」
「・・・うん・・・そうだよな・・・あー・・そうか、教授の専門分野って機密事項に該当してんだな? 」
作品名:だぶるおー 天上国1 作家名:篠義