永遠に失われしもの 第6章
夕闇が色濃くなる
ローマの街を駆け抜ける馬車の中で、
シエルは窓の景色を
気の抜けた様子で眺めていた。
・・悪魔は本当の名前を教えない
本当の名前を呼ばれれば、、
その相手に支配されるとでも
言うのだろうか・・
セバスチャンの本当の名前は
何なのだろう・・
は!馬鹿馬鹿しい・・
あれは僕の物
既に支配しているのだから、
今更彼の本当の名前を知ったところで
何が変わるわけじゃない
そしてあいつも、
僕の本当の名前を既に知っている・・
今まで、その名を決して口に出すことは
無いけれど・・・
「お待たせしました」
疾走し続ける馬車の扉が開き、
外から黒い燕尾服を纏ったセバスチャンが
風のように乗り込んだ。
シエルは彼を一瞥して、
すぐまた窓の外をぼんやりと見ながら、
彼の執事に尋ねた。
「首尾は?」
「ええ、すんなりと」
馬車の窓に、セバスチャンの微笑が映る。
「まだ暫くは、
レオ・アウグスト・オレイニク公爵で
いらしてくださいね。
その名で、
桟敷席を手配しておりますので」
シエルの大きなため息は、
セバスチャンに向けてのものだ。
・・恐らくは、その場で
その名を思いついた振りをしながらも、
全てが計算の内なのだろう、
こいつにとっては・・
シエルは首にかけられた
細いシルバーの鎖をたぐり、
銀の鍵のついた
ペンダントヘッドを取り出して、
しげしげと見つめた。
セバスチャンはそんな主の挙動を
見つめている。
「金髪も大変お似合いですよ」
「ふん!」
シエルはふてくされた様に、ペンダントを
胸にもどした。
「もうそろそろですね」
セバスチャンは、クロックポケットから
銀製の懐中時計を出して、
そうシエルに告げると、
またポケットに時計を戻した。
シエルは気がつかない。
セバスチャンのそのポケットの奥に、
シエルが見ているものとよく似た
金の鍵のついたペンダントが
しまわれていることを。
作品名:永遠に失われしもの 第6章 作家名:くろ