永遠に失われしもの 第6章
--さてと、
てっとり早く済ませてしまいましょう--
馬車を見送った後、悪魔の執事は
また秘密文書保管庫へと歩みはじめた。
獲物の匂いは着実に強くなってきている。
夕闇が迫る中、
トンと踵で一突きしたかと思うと
次の瞬間には空へ翔け上り、
執務室のベランダの柵の上に
黒い燕尾服を翻らせ
音も無く、舞い降りた。
そして陰から鷹のような目で、室内
にいるエット-レ卿の背中を見つめる。
執務机におかれた椅子に座り、
聖書を開き、ぶつぶつと
何かを唱えながら、
何度も何度も十字を切り、
クルスに口付けをしている卿をみると、
笑いがこみあげる。
--今更何をしても無駄なのに--
恐らくは自分の身に何かが起きると
予想しての行動だろうが、
ぜんまい仕掛けのからくり人形のように、
細かくせわしなく同じ動作を
繰り返し続けるその様子は、
漆黒の悪魔にとっては
滑稽以外の何ものでもなかった。
気配を消して背後から近づき、
手袋を脱ぎ捨てると
卿の首元に鋭く伸びた黒い爪を這わせ
その頬に触れるほどの近さで顔を寄せて
真紅の悪魔の瞳で相手の目を射る。
恐怖のあまりエット-レ卿は、
硬直している。
「お待たせいたしました」
「声を出されると困りますので--
声帯をまずつぶさせて頂きますね」
そう言って、
漆黒の悪魔は喉仏の骨を粉々に砕いた。
「それでは始めると致しましょうか--」
作品名:永遠に失われしもの 第6章 作家名:くろ