Love Sick
―――パチパチパチ…
気付くとあたりには拍手が響き渡り、
あいつが頭を下げて撤収しようとしていた。
気付かれないうちに、と向きを変えて歩き出したその時だった。
『柚木先輩!!』
「香穂子・・・・・・・・・」
散り散りになろうとしていた観客をかき分けて、
片付けようとした楽器を手に持ったまま香穂子が駆け寄ってくる。
音色はずいぶんキレイになったと思うのに、
こういうところは相変わらずだ。
『柚木先輩、どうしてここに?!』
「…香穂子、お前ね。いい加減学ばないのか?
楽器持ったままそんなに走って転んだらどうする気だよ。」
『えっ?あっ、そうだった…す、すみません……』
気付かれないように、と思ったのに
気付いて駆け寄ってきたことが、少し嬉しい。
そんな風に思ったことは決して口には出さないけれど。
「………香穂子、あの距離で気付いたのか?」
『え?あ、はい。すぐわかりましたよ?』
目が良い、とか、そういう次元じゃない。
ヴァイオリンを弾くのに神経を集中して、
それでもこの距離の俺に気付くなんて。
「・・・・・・はぁ」
『えっ、なんでため息つくんですか?!
私何か変なこと言いました…?』
「・・・いや、何でもない」
普段はこんなにもボケっとしているのに
どうしてそういうところだけは気付くんだろうか。
気付いてほしくない、という俺の心情を逆手に取るみたいに。
『久しぶりですね、学校以外でこうやって話すの。』
「そうだな…最近はほぼ家と学校の往復ばかりだったからね。
たまには息抜きを…と思ったら偶然お前がいたんだよ。」
『そうなんですか………なんだ、残念。』
「何?お前に逢いたかったから、とでも言ってほしかったわけ?」
『なっ…!!そっ、そんなこと…そんなこと………あり…ます。』
「ふーん………ヤケに素直じゃないか。」
『だって、私は逢いたかったです!!』
真っ直ぐに、視線を返してくる。
音色のように、どこまでも曇りのない瞳。
少し羨ましくなるくらい、俺にはない部分だ。
『・・・あ、そっか。』
「何を1人で納得してるんだ?」
『逢いたかったんです、私。そう、逢いたかったんです!』
「それはさっきも聞いたよ。」
『違うんです、そうじゃなくて。
逢いたかったから、もしかしたら私のヴァイオリンが
柚木先輩をここまで導いてくれたんじゃないか、って思ったんです。』
「・・・・・・」
心底幸せな頭のやつだと思う。
そして、その幸せそうな笑顔に、釣られて笑いそうになる。
『逢いたかったから、ヴァイオリンが導いてくれた。
ヴァイオリンが導いてくれたから、どんなに遠くても見つけられた。
きっとそういうことなんですよね?』
「フッ………」
『あ、ひどーい!なんで笑うんですか!!』
「いや…可愛いな、と思っただけだよ。ックク………」
『あーもう!私のことバカにしてますよね!?
でも、好きな人ならどんなに遠くても、
どんなに沢山人がいても見つけられるんですから!!』
「へぇ………そんなに俺が好き?」
『………っ!!』
一瞬で、耳まで赤くなる。
付き合うようになってから暫く経つけれど、こういうところは全く変わっていない。
少し天然で、でも純粋で、まっすぐで、手に取るように感情がわかる。
そして、答えに辿り着く。
聴こえないはずの音色が、聴こえた理由。導かれた理由。
「…なぁ、香穂子。教えてやろうか?」
『なっ…なんですか………?』
そっと、耳元に顔を近づけて。
「好きなやつの音色なら、どんなに遠くても、
どれだけ音が入り混じってても、聴き分けられるんだよ。」
囁いた言葉に、香穂子の顔がますます赤くなったのは言うまでもない。
けれど、これが恋という名の病なら。
思ったよりも悪くないのかもしれない。