東方少女SS集
スターダスト
(てる→もこけね)
蓬莱山輝夜は憂鬱だった。
梅雨の独特なじめじめとした湿気や長くしとしとと降る雨。
それらは輝夜の憂鬱さを増幅させる。
雨粒の音を聞いて、土の匂いを嗅ぎながら、畳の上に寝転がって、茶色の一見枯れているような優曇華の盆栽を眺めるのは好きだけれども。
「姫様、そんなに優曇華の盆栽がお好きなんですね」
鈴仙は通りがかりに輝夜に声をかけた。
「ええ、好きよ。優曇華、って花は滅多に咲かないけれども花は奇麗じゃない」
鈴仙は首を傾げた。
「私は一度も優曇華の花なんてみたことないです。優曇華の花って、そんなに奇麗なんですか」
「ええ、とっても。私がこの永遠亭にかけている永遠さえ解けば、花を見られるわ」
「へぇ」
鈴仙は感心しているような感心していないようなどっちつかずの声を出すと、ぱたぱたとどこかへ去って行った。
輝夜は自分の永遠に囚われている優曇華が好きだった。
優曇華は自分に似ているような気がしたからだ。
穢れのない月では優曇華の花は咲かず、地上では地上の穢れを栄養にして美しい花が咲き、実がついて、そして枯死する。
しかし、輝夜が永遠の術をかけている限り、優曇華が地上にあったとしても、花が咲くことも実がつくことも枯死することもない。
輝夜も同じように、蓬莱の薬を飲んでしまった以上死ぬことはない。
輝夜はお互い永遠に縛られているという共通点が好きなのだ。
他にも、輝夜と同じような者がいるにはいるのだが。
今日は無理そうね、と輝夜は雨が滴り落ちる窓の外に視線を移した。
少女は生きがいといってもいい、一週間に一度訪れるこの日を密かに待ち望んでいるのだった。
しかし、雨のおかげで無理そうだった。
「あら、どうしたの、そんなに窓を眺めて」
今度は永琳が輝夜に声をかける。
「雨を見ていただけよ。あいつの顔を見ることがなくてせいせいするわ。月が見れないのは残念だけど」
そっけなく返事する輝夜。
永琳は輝夜に気付かれないようにくすっ、と笑った。
本当は彼女に会えなくて残念な癖に、と
雨はやむことを知らずしとしとと降り続ける。
時間はいたずらに過ぎていく。
輝夜は退屈には慣れていた。
自分が不老不死であるおかげだろうか。
実のところ退屈がなんなのかさえ、わからなくなってしまったのだ。
それでも、彼女と戦えないのは退屈だと感じていた。
これって、矛盾しているわね、と輝夜は未だ窓の外を眺めながら、そう思った。
雨は次第にどしゃぶりとなる。
雨音は大きく、まわりの音をかき消して、そして静けさを作り出す。
本当は彼女に憎悪を燃やすべきなのに、本当は彼女の顔さえ見たくないと思うべきなのに。
それらの感情が逆へ逆へと動いてしまうような気がした。
おかしい、なにかがおかしい。
部屋を徘徊したところで、なにもそれに行きつく理由はみつかるはずはなく、時間の無駄になるだけで、輝夜は眠ることにした。
混濁した思考がすっきりするかと思ったから。
しかし、彼女は眠ることができなかった。
静寂のなかに規則的な裏口をたたく音。
そのせいで、閉じかけていた目が開く。
それは一定のリズムを刻んで、心地よく感じた。
その特徴のあるノックの仕方。
訪問者が誰なのかを判断することは、輝夜にとって1たす1が2だとわかるくらいに容易なことで、そしてとてもなじみ深いものだった。
ノックは続く。
だんだんと音と音の間隔は短くなっていって、まるで輝夜を急かしているようだった。
誰も出る気配はなく、輝夜はしかたがないわね、と裏口を開けた。
雨のにおいが鼻孔いっぱいに飛び込んできた。
「あははははは、あんたすっごく惨めね、あんたの父親くらいに。そんなに濡れ鼠で、一体何の用よ」
輝夜は戸口に立っていたびしょ濡れの藤原妹紅に対して、侮蔑の言葉を言った。
つい条件反射でいってしまう。
しかし、妹紅はなにも答えなかった。
いつもは報復の言葉を返すというのに。
妹紅の綺麗な白髪から、水滴がぽたぽたと落ちて小さな水たまりを作る。
冷たい雨は容赦なく妹紅に降りかかる。
「私はどうでもいい。早く、あげてくれないか?早く、早くしないと」
彼女は低い声で淡々といった。
その顔は憂いに染まっていた。
それは輝夜が今までに見たことのない表情だった。
「な、なによ、一体」
「早くどけよ、そこ!!永琳はどこだ?」
輝夜は戸惑う。
妹紅はそんな彼女を突き飛ばさんとする勢いだ。
ふと気付けば彼女の背中には、毛布をかけられぐったりとした上白沢慧音がおぶさられていた。
「どけっつてんだろ!」
輝夜を怒鳴ると妹紅は室内にあがろうとする。
「嫌よ」
しかし、輝夜はなにかが邪魔するのか、両手をいっぱいに広げて通せんぼの格好をする。
理由は特になかった。
彼女は妹紅を通さない。
なにが、輝夜をそうするのだろう。
輝夜自身もわからなかった。
「てめえ、どけって何度言ったらわかるんだよ!!!」
妹紅の手が怒りでふるふると震えていた。
輝夜もどうすればいいかわからない。
ただ、戸惑うままに行動するしかなかった。
妹紅の髪からしたたり落ちるしずくの量が増えていく。
彼女はいらだちを通り越して怒りが爆発する寸前に及んだ。
裏口じゃなくて、表に回ればいいのに、と輝夜は思った。
だが、妹紅はそこまで頭が回らないほどに憔悴しきっていた。
「早くしないと、お前を、お前を!!!!!」
「あはは、やれるものならやってみなさいよ!!!!」
しかし、それ以上険悪な雰囲気になることはなく、二人の少女の間に生じた殺伐としたものは化学変化を起こしたかのように中和されてしまった。
なぜなら、通せんぼしている輝夜の右肩からちょうど、にゅっ、っと永琳が顔を出したからだった。
「全く騒々しいわね、なにを二人で揉めているの?」
「永琳、慧音を助けてくれよ。早く、早くしてくれ。熱が酷いし、慧音の意識が朦朧として」
相当焦っているのか、妹紅は輝夜ごしに永琳に必死に話しかける。
輝夜は自分が壁になってしまったようなそんな錯覚を受けた。
「落ち着いて。わかったわ、早くあがってきなさい。あなたも風邪をひいてしまうわ。タオル貸すから」
永琳の声色が真剣なものに変わった。
今起きている状況を把握したようだ。
輝夜が通せんぼの格好をしている理由も含めて。
輝夜は手を下ろすと黙って道をどけた。
何もなかったかのように。
自分の衝動的にとった行動が急に恥ずかしくなって。
永琳は無言だった。