東方少女SS集
永琳は慧音の診察を一通り終えたようだ。
彼女の話によれば、慧音はただ、性質の悪い風邪にかかってしまっただけらしい。
二、三日安静にして、薬を投与すればすぐに治ってしまうとのことだった。
妹紅は安堵の表情を浮かべた。
「もこう…」
「慧音?」
ベッドに寝かされた慧音は意識朦朧の中で、妹紅の名を呼び掛けた。
「大丈夫かよ」
「ああ。大丈夫だ心配、しなくても」
彼女はげほげほ、と咳き込んだ。
彼女が妹紅を見つめる目の焦点が合ってない。
永琳には大丈夫だ、とはいわれたもののやっぱり妹紅は不安だった。
「無理するなよ」
慧音はこくり、とうなずくとまた目を閉じた。
妹紅は冷たい手で慧音の熱で熱くなった手をぎゅっと握り締め、優しげな笑みを浮かべた。
物影にかくれてその様子をそっとみていた輝夜は胸が疼いた。
胸が痛くて締め付けられたような感じがした。
妹紅が自分に絶対に見せない表情。
朗らかで、優しくて柔和な笑み。
妹紅が上白沢慧音という愛しい者にしか見せないあの表情がきりきりときりきりといつも見るたび輝夜を痛めつける。
少女は長い間胸にうずくこの感覚の名前がどうにもわからなかった。
輝夜は気付かれないように足音を忍んで自室に戻ると、布団に突っ伏した。
輝夜は今日見た妹紅の顔を二つ意識していないのに思い出されるのがどうにも不快だった。
一つは憂いの表情、もう一つはあの表情。
脳内から消し去ってしまいたかったのに、消すことはできなかった。
そして、自分が妹紅に対してとったあの行動の意味さえもわからなかった。
輝夜はわかっていない。
妹紅に抱く感情がなんなのか。
とても不快だわ、と輝夜は一人呟くと、もう一度眠ることを試みた。
今度はゆっくりと眠りに落ちた。
雨はいつのまにか、止んでいた。
それからというものの、妹紅は永遠亭に泊まりこみで慧音の看病に徹していた。
妹紅は慧音のためならなんでもしていた。
もちろん、あの表情を浮かべながら。
その様子をずっと陰で見ている輝夜。
日に日に胸の不快感が大きくなってくる。
胸やけを起こしているようで、それがとても不快で不快でたまらなかった。
妹紅が自分を犠牲にし、慧音を懸命に看病したのと、永琳の薬のおかげだろうか、慧音の病状はよくなりはじめた。
しかし、それにも関わらず彼女の微熱はずっと続いていた。
「永琳、慧音の微熱がひかないんだが…」
妹紅は慧音の額にしきりに手をやりながら永琳に不安げに聞いた。
「おかしわ、なんなのかしら」
慧音は上体だけ起き上がると口角をあげて微笑む。
「大丈夫だ。妹紅に色々と看病させて悪いしな。微熱くらい、大丈夫だ。その上私には色々とやるべきことが…」
「だめだ、無理しちゃいけない。もう少し休め」
「妹紅の言うとおりだわ。安静にしなくちゃね」
輝夜はふと不審に思った。
どんな難病でも直すことのできる永琳の作る薬を以って治療すればただの風邪が長引くことはめったにない。
ただし、只の風邪や病気ならば。
輝夜にある確信めいたものが生まれた。
実際その通りだった。
「上白沢慧音の病気は治らないわ。多分、そろそろ死んでしまうと思う」
秘密裏に呼び出された輝夜は永琳にそう告げられた。
「輝夜も知っての通り、世の中に万能、なんて存在しない」
永琳は輝夜に淡々と言った。
永琳には弱点があった。
突然変異したウィルスに対処できないことだ。
素人にはわからない医学的な理由があるらしい。
とにもかくにも運が悪いことに慧音は前例の無い突然変異したウィルスが引き起こした熱病にかかってしまったという。
月の大規模な医療設備さえ駆使できれば、永琳の弱点をカバーできるが、設備の乏しい幻想郷では無理に等しかった。
だから、病気の進行をある程度抑えるための薬を投与していたという。
「でも、それはもう無理よ。今晩か明日が限界なのかもしれないわ。こんなこと、妹紅には言えないわ。多分ショック受けると思うから。あまりに早すぎて」
輝夜はなにも言わなかった。