遠く遠く
しばらくして、シャアがサンドイッチとミルクをトレーに乗せて寝室に戻って来た。
サイドボードにトレーを置くと、アムロに声をかける。
「いい事が書かれていたのか?」
「ん? いいや、別に大したことは書いてないよ。ただ、相変わらず心配性だなって思ってね」
何やら照れくさい様な、恥ずかしい様な、戸惑いを交えた顔で笑っていた。
「私はそんな風に穏やかに笑う君が好きだが、その原因がブライトだと思うと・・・少々しゃくだな」
「いちいちそんな事言うなよ。背中がかゆくなるじゃないか」
ベッドの隅に腰掛けたシャアがアムロの髪を額から右側にかけて、指を絡ませながらゆっくりと梳いて甘く話しかけると、されたアムロの方は不機嫌な顔付きが変わる。
「大体だな、『ちゃんと寝てるのか?メシは食べてるか?周りに迷惑を掛けてないか?』って書かれてるんだぞ、この手紙は。ブライト相手にどうしてそう言う解釈になるのかなぁ、貴方は!」
「ほぅ!? やはりどんなに離れていても、ブライトには君の事が手に取る様に分かるようだな。私の心はますます嫉妬の炎が燃え上がりそうだよ」
「だーかーらー、貴方、俺の話しを聞いてるのか?」
どうも話しの根本がずれている気がして、アムロは頭まで痛くなってきた気がした。
「ブライトの指摘は間違いないのだ。君は一昨日まで、ほぼ不眠不休でデータリカバリーをしていただろう?アルティシアが『そんなに無理しなくても大丈夫よ』と言っていたのに」
「あ、あの時は・・・原因が掴めないのが気持ち悪くてついね」
痛い所を突かれたアムロは言葉尻がだんだん小さくなっていく。
するとシャアは、少しイジメ過ぎたかな?と、思い直すと、ベッドから立ち上がり、サイドボードに置いたままにしてあったトレーをアムロの前に差し出した。
「先ずは食事だ。ブライトにこれ以上心配させない様に、しっかり食べるんだな」
「・・・いただきます・・」
「どうぞ、召し上がれ」
シャアはもう一度ペットに腰をおろすとアムロが食べる姿をニコニコと笑って見つめている。そんなシャアを横目で見つつ、アムロはサンドイッチを頬張る。
パクリとかぶり付きながら、先程シャアに指摘された己の行動を省みる。でも、反論できない事が多過ぎて、折角の美味しい食事も味気が足りない気がしてきた。
アムロは黙々とサンドイッチを食べ進めてた。すると
「夏野菜が実る頃、我が家にブライトを招待するか?」
「え?」
突然、シャアがそんな事を申し出て、困惑の表情を隠せない。
「私達が地球に落ちてから随分経つ。死亡認定が早かった割にブライトへの監視は強かったが、それもここ最近はかなり緩くなって来ている」
「だからって、連邦が大人しくしてると思うのか?」
「亡霊が生き返っては困るからな。必ず私達を闇に葬り去ろうとするだろう」
「だったら今、無理をする事はないんじゃないのか?もぅ少し大人しくしていた方が無難だろ」
「元々、ブライトと君を生身で会わせてやりたいと思っていたのだ」
「シャア?」
真剣な眼差しで話すシャアにアムロは目が離せないでいる。
「さっき、時間はいくらでもあると言ったが、情勢はいつ何時、どう変るか分からないものだ。軍に身を置くブライトが君宛の手紙を寄越した。何かを感じ取ったのかも知れない。それとも、本当にただ君と会いたいと思っただけなのかも知れない。もちろん私が行動を起こす事はありえない。君が傍に居るのだからな。だからといって、色々と気に病むぐらいなら、ココはいっそ君達は会った方がよいのではないかと思うのだ」
「危険が潜んでいるかもしれないのに?」
「そんな物はいくらでも翻してみせる。君と私が揃っていて出来ない事はないだろう」
シャアの自信に溢れた顔を見ていると、本当に何でも出来そうな気分になる。
「ただ、過ぎたる過信は我が身を滅ぼす事に成りかねん。用心は怠らない様にしなくてはいけないが、ビクビクして過ごすのは性に合わんのでな。どうせなら先手を打とうと思った訳だ」
「貴方って人は・・」
ほんの些細な事でもあらゆる分析をして、最良・最悪の事態に備える事が出来る。これがネオ・ジオン総帥としてスペースノイドを纏め上げようとした男の姿なのだと、改めて認識したアムロだった。
「何だ?惚れ直したか?」
「・・馬鹿だよ」
「地球連邦相手に喧嘩をした大馬鹿者だからな。そのくらいの事は当然だ」
悪戯を思いついた子供の様な顔付きで胸を張るシャア。
アムロはこんな表情も出来るシャアが心底愛おしいと思った事が、シャアにバレると付け上がりそうだから内緒にしておこうと心に決めた。
アムロは手に持ったままでいた食べかけのサンドイッチに気付くと、口の中に放り込むと食事を続けた。
すると、今度は少し難しい表情になったシャアがボソリと呟いた。
「私としてはブライトの感傷の方を支持したいが、ソレはそれで問題なのだ」
「? 危険が無いってのにか」
「言っただろう?ブライトと君の関係は私の嫉妬心を燃やすと」
「俺とブライトが何をするって?いい加減、邪な目で見るな!馬鹿馬鹿しい」
顔をプイッと横に向け、シャアを無視して残りのサンドイッチを平らげると、皿の上はようやく空になり、アムロの空腹は満たされた。
「ごちそうさま」
と、手を合わせたアムロがトレーを持つ前に、シャアがサイドテープルに引き下げる。そして、アムロの手を握ると自分の頬に近づける。
「そんな事は杞憂だと分かっていても、長い間君に触れていないとあらぬ想像が私を苛むのだよ」
「それこそ貴方が勝手に妄想してるんだろ。止めておけよ、無駄な時間だ」
「仕方が無いではないか。君の都合ばかりを優先していたら、私は一体、いつまで寂しい一人寝を続けていればいいのだね?」
手の甲を頬に擦り寄せてからチュッと音を立ててキスを落とすと、今度はシャアの顔がアムロの顔に近付いてくる。
「たった一週間で何を言ってる」
「違うぞアムロ、“一週間も”だ。昨夜は久しぶりに夜を共に迎えようとしていたのに、君は睡魔の餌食だ」
明らかに情欲に濡れた青い瞳が間近に来れば、その後の展開は嫌でも分かる。
「ちょっと待て。今の俺は湿布だらけで臭いんだぞ」
「湿布臭さなら諦める。君が甘く啼いてくれればそれで十分だ」
「あっさり妥協するな!」
「ならば早く治してくれたまえ。私の限界が来る前にな」
アムロの抗議の声はシャアの唇によって塞がれた。
終 2011/04/27