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神楽と銀さん編
「銀ちゃんの馬鹿!」
「イヤ、違っ、ブホッ」
でかい音を立てて玄関の扉ごと、外の柵に銀ちゃんが吹っ飛んだ。
最後まで銀ちゃんの言葉を聞かないで鳩尾に蹴りを一発入れた訳だけど、一見綺麗に決まったように見える。だけど、自分から少し後ろに引いたので見た目程には銀ちゃんにダメージはないはずだ。チッ。
最初は気付かなかった、気付いてからは擦り寄るように甘えてた銀ちゃんのこういう所が、今は私を悲しくさせるばかりだった。
「って〜……ちったぁ加減ってもんを覚えやがれ怪力娘。ったく、お前はいっつもいっつも何が気に食わないって……」
今日も絶好調な天然パーマをガリガリいじりながら銀ちゃんは立ち上がって、小言を漏らしながら形式的に埃を払う。でもすぐに、私の目とぶつかって言葉を飲み込んだ。しばらく黙って見つめ合うと、根負けしたように銀ちゃんは小さく溜め息をついて、ガンガンと音を鳴らして階段を下りて行った。
わかっている。銀ちゃんは悪くない。どっちかというと、少しだけ、小指の先っぽぐらいは、私が悪い……かもしれない。
まぁ、と、とにかく。理屈じゃない。とにかくあの男はイヤなのだ。あのいけ好かないアンチクショーだけは。
最近、銀ちゃんはちょくちょくカメラを持ち出すようになった。今まで写真と言えば下のババァに借りたり、余所でついでに撮って貰ったりするぐらいだったのに、最近では自分で撮るようになった。
年末に写真を広げて思い出話をしたりしたのも少しは関係してるかもしれないけど、理由としてはそれよりもカメラを手に入れたことの方が大きいんだと思う。ちょっと前に朝帰りをした時、いつものように玄関でのたれ死んでた銀ちゃんは、手にカメラを持っていた。
素面に戻った時、新八からどこで盗んで来たんですか嘆かわしい、どんなに貧乏でも犯罪にだけは手を出さないって信じてたのに云々と説教されて、ちげーよ、隣になったおっさんに貰ったんだよ、なんかと交換したんだよと必死に弁解していた。また偽物なんじゃないですかなんて言われてたけど(何せ銀ちゃんには前科がある)、今のところ普通のカメラにしか見えなくて、最近では何となくいつも持ち歩くようになっているみたいだった。
最初は撮って撮ってとせがんだ。私も年頃の女の子なのだ、写真を撮って欲しいというのは普通だと思う。
なのに、銀ちゃんときたら真面目に撮ってくれたことがない。気を抜いた時や、ぶさいくな顔の時に限ってパシャリとシャッターを押すのだ。一度私の可愛いおねだりに屈した銀ちゃんは、しぶしぶという感じで撮ってくれたのだけど、その一枚がまた酷かった。何を思ったのか銀ちゃんが撮ったのは私の鼻の穴のアップだった。その後の私の怒りは推して知るべしである。カメラを壊さなかった私の良心に銀ちゃんはもっと感謝してもいいくらいだと思う。
デジカメなんだから、いくら撮ったってお金がかかる訳じゃないのに、本当に酷いと思う。あれには流石の私もちょびっとだけ傷ついたりしたのだ。
そんなやりとりがありつつ、銀ちゃんに写真を撮って貰うのを諦めた矢先のことだ。憎い天敵である頭空っぽサディスティック星人の写真が出てきたのだ。それも複数。
しかも一枚なんて、あきらかにカメラ目線で、あまつさえピースまでして、あろうことか新八の物と思われる眼鏡までかけていたのだ! ありえない。信じられない。もうこれは極刑しか考えられない。あ、そう考えると、さっきの一発吹っ飛ばしたぐらいじゃ手ぬるい気がしてきた。
だって、許せる訳がなかった。それでなくても、野郎は銀ちゃんの周りをチョロチョロチョロチョロと目障りなのだ。たまに銀ちゃんと一緒の時に町で遭遇すると、銀ちゃんに馴れ馴れしく話しかけてきてそれだけでも面白くないのに、私の知らない所でも仲良くしているのかと思うと、本当に血が沸騰しそうだった。
さっき出ていく時、目が合った。きっと銀ちゃんは私が自分でも持て余してることをちゃんとわかってくれている。いつだって、銀ちゃんは私のことなんてお見通しで、本当に嫌になる。嫌になるのは、そんな自分に対してで、銀ちゃんに対してじゃないのに、いつもいつも私は銀ちゃんに甘えて八つ当たりしているだけだ。
何も言わないで出て行ったのだって、私が落ち着いて頭を冷やす時間をくれたんだろう。今日だってきっと帰りにお土産に酢昆布でも買ってきてくれるに違いない。
銀ちゃんに甘えるのは心地良いし、この位置を手放すつもりはないけれど、いつまでも酢昆布で機嫌が良くなると思われるのも癪に触る。そのうち銀ちゃんをギャフンと言わせるような意趣返しをしたいと思うけど、何かいい手はないものか。
だけど、けっきょく銀ちゃんが差し出してくれる仲直りの印を私が拒める訳がなかった。もちろん酢昆布だからとかじゃなくてヨ? 銀ちゃんだってそんなこととっくにわかってる。
どうしょうもなく駄目で、でも大人で優しくて、そして狡い。だけど、やっぱりあの手は放せない。だから私が大きくなって、子供を振りかざせなくなる日までもう少し待っていて。