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銀さんと土方編
「ったく、神楽の奴、沖田君のことになると何であんなキレんだか……」
蹴りを入れられた腹をさすりながら歩くかぶき町はいつもと変わらない。色んな人種がごったがえしてしてて、腹を押さえてるぐらいじゃちっとも目立ちやしない。
「似たもの同士か」
二人に聞かれたら間違いなく鉄拳制裁をくらいそうだったが、端から見ればそうとしか思えないのもまた事実だった。子供がくだらない牽制をしあって、張り合っているのを見ると目尻が下がるもんだ。まぁ、あの二人の場合は微笑ましいというのを通り越しているのが難点だったけど。目尻が下がるどころか、冷や汗が伝うんだけど。
何かきっかけでもあれば、逆に仲良くなるのかもしれないと思うが、それはそれで相乗効果になりそうで怖い。何がって、周りへの被害が。
「さーて、どうしたもんかな……コレ」
手元には新八の眼鏡をかけて無表情にピースをしている沖田君の写真。神楽に万事屋を放り出された元凶がコイツだ。実物に接してると忘れがちだけど、こうして写真で見るとやっぱり沖田君は整った顔をしていると思う。文通の身代わりにはぴったりだと思うんだけどなぁ。
まぁ、神楽にとってはそんなことどうでもいいんだろう。あの年頃の娘だったら沖田君みたいなのがいたらコロッといっちまいそうなもんなのに、アイツは若い癖に変に悟りきった所がある。そういや沖田君も子供っぽい所と達観した部分がアンバランスで、やっぱりあの二人は似てるんだな。同族嫌悪って奴だ。
俺が持ってても神楽の機嫌が悪くなる一方だから、とっとと処分するに限るんだけど、さすがに知り合いの写真をそこいらに捨てるというのは気が引ける。銀さんてばこれでも良識ある大人だからね、うん。
道端に立ち止まって悩むこと十数秒。指針は決定した。よし、誰かに売ろう。
お妙の店のキャバ嬢は、ゴリラのせいで本性がバレてて駄目だろうけど、他の店の奴等なら買うかもしれない。かぶき町で働く奴等は金だけは持ってるだろうからな。案外、西郷のおっさんの店でもさばけるかもしれないな。そう思って見れば、なんかマニアに受けそうな気がしてきた。
お、あそこにいかにも金持ってそうなオッサンがいるな。声かけてみっか。この辺りにいるってことはそういう人種である確率が高そうだしな。
「おーい、そこの素敵なお兄さァ〜ん、いいのあるんだけど……ッと」
降って沸いた殺気に身体を前へ倒す。同時に頭上を風の切る音が通り過ぎていった。この気配には覚えがある。また面倒臭い奴に見つかっちまったもんだ。さて、どうしたもんか。
「やだねぇ、最近の警官は一般人をいきなり斬り付けたりしちゃっていい訳?」
「テメーは一般人じゃねェ、不審者だ」
いきなり人を不審者扱いする失礼な奴は、やっぱり思った通りの人物だった。いつも瞳孔は開き気味だと思ったけど、今日は最初から全開みたいだ。血の気が多くて気が短いなんてホント最低だ。
「アララ〜、誰かと思ったら多串クンじゃん。俺と多串クンとの仲で不審だなんだって水臭いじゃねぇの。それにしても奇遇だねェ。何、おたくもこの手の店が好きなの?」
「テッメ……俺は多串じゃねぇって何度言やわかンだよ!」
多串君、もとい土方君は自分の中で何かを落ち着かせるようにゆっくりと瞬きをして、煙草を銜えたまま刀を一振りさせ音もなく鞘に収める。その仕草だけでどの程度使えるのか見る者が見たらわかるだろう。まぁ、俺のが強いけど。
絶対この性格のせいで損をしてるよなぁと思うけど、言っても火に油を注ぐだけなので思うだけだ。
「チッ、まぁいい。今日の所は見逃してやるから、そいつをこっちに寄越しな」
「俺何もしてないんですけど、どんだけ横暴なんだテメー」
「人ンちの隊士の写真で一儲けしようとしてた奴に言われたくねぇ」
あ、やっぱりバレてたのか。というより、そこを見つかったから斬り付けられたんだろう。何にしても物騒な奴だ。
「何言ってんだ、コイツはうちの新八の写真だぜ。雇い主の俺がどうしようと勝手じゃねーか」
「どこがテメェん所の眼鏡だってんだ。つーか、眼鏡の写真だってテメーが売っていい訳ねェだろうが」
「いちいち細かいねェ、そんなんじゃモテないよ?」
「うるせー、俺は別にモテたくなんかねぇからいいんだよ。ていうかテメーには言われたくねェよ。モテねぇ筆頭みたいな頭しやがって」
「バッカ、この頭はモテの象徴なんですぅ。今は天パがブームなんですぅ〜。男がモテたくない訳ないじゃん! 硬派とか気取ってる訳? 俺ってクールとか思ってる訳?」
「天パが流行りの髪型なんぞなる訳ねぇだろうが。自分を中心に物事考えてんじゃねぇよ。女なんて面倒臭ェだけだろ」
「やだ、おたくホントに女の子に興味ないの? もしかしてホモ?」
「ッ、ンな訳あるか!」
「……まぁ、いいや。銀さん大人だから今日はこの辺にしといてあげる。こっちにツッコミいないしね」
それじゃ、と背を向けた所で肩をガシッと掴まれる。
なんだよしつこいなぁ。
「それ置いてけ」
「だから新八だって言ってるじゃん」
「どこがだ」
どうやら今日は分が悪いらしい。小銭ぐらい稼げるだろうって俺と土方君とじゃ、勝負は見えている。そんなに稼げるって思ってた訳でもないから、大人しく写真を渡してやった。
「ちぇ、いいじゃん、写真の一枚ぐらい」
「駄目だ」
「なんで? たかが写真でガタガタと」
「……これでもウチの一番隊の隊長なんだ。それでなくても面が割れてんだ、普段とちょっとでも印象違うモンが出回ると動き難いんだよ」
「ふーん……あっそう」
まぁ、正論っちゃ正論だけど、沖田君の場合は今更だと思うよ。あの容姿は良くも悪くもとても目立つ。
「ンだよ」
土方君は面白くなさそうに俺を睨みながら、俺が渡した写真に視線を止まらせていた。土方君も沖田君が眼鏡かけてる所は珍しいのかもしれない。
「べっつにぃ〜。でもそれ良く撮れてるでしょ。やっぱカメラマンの腕が良いと違うよね〜」
「……元の素材のせいだろ」
「へぇ?」
驚いた。土方君からこんな台詞が出てくるとは。あからさまに面白そうな俺に対して、土方君の態度は平坦なもんだった。
「数少ない取り柄の一つだからな」
「……沖田君の取り柄って?」
「刀と顔?」
どんな冗談かと思ったけど、土方君は至って真面目な顔だった。真剣にそう思ってるらしい。
「ま、性格の悪さで帳消しどころかマイナスだけどな」
俺が言葉をなくしてるのに反応なんてどうでもいいのかそう言って、更に下らねェことすんなよと釘を指すと土方君は人混みの中に消えて行った。
何この感じ。敗北感的な。こういうのを上手く言い表す言葉があったような気がするんだけど、俺は上手く見つけられなくて、考えることを放棄した。
しゃーねぇ、ま、処分て目的は達成したんだ。次の課題である酢昆布姫のご機嫌取りにでも帰るか。こっちの方がよっぽど難解だ。奮発して酢昆布三箱くらい買ってってやるかな。そんで、機嫌が直ったお姫様にこの気持ち悪さを払拭してもらうとしよう。