だぶるおー 天上国2
まだ、世界が妖精や精霊といった人間ではないものが、同じように暮らしていた頃、とある場所に、妖精の国があった。とはいっても、完全な妖精というわけではなくて、半分人間とか、四分の一人間とか、混血したものと、妖精とが一緒に暮らしている国だ。長く、その国は、イオリア・シュヘンベルグという男が統治していたが、ある時、ぽつりと、「やれやれ。ようやく、隠居できる。」 と、言い出した。
妖精や半妖精たちが暮らす国は、その王が、外との結界を張っていて、簡単に出入りすることはできない。そして、自国の周辺で紛争があれば、「じゃかましい。」 と、王が騎士と出張って双方を叩きのめして平和にしてきたので、その周辺には争いは少なかった。その国を自由にできれば、世界が手に入ると、大国は、こぞって押しかけたのだが、その領域に入ることすらできなかった。それは、王が張り巡らせていた結界が邪魔をしたからだ。だから、この国の王は、天上の城と呼ばれる宮城から出ることはできなかったし、のんびりと暮らしているのが常だった。
「ようやく、跡継ぎが見つかった。これで、本国で隠居できる。」
その言葉を吐いたイオリアは、嬉しそうに側近に笑いかけた。
「それは、ようございました。では、私くしどもも陛下と共に、あちらへ移り住むことにいたしましょう。娘が、子供を成したそうで、あちらで子守りをしたいと思っておりました。」
「そういうことでしたら、私たちも、ご一緒に。そろそろ、若い者に引き継いでも問題はありません。」
王と同様に、側近たちも、妖精の国の本国へ移り住むことにした。一方が、ディランディー家で、こちらは、その娘の嫁ぎ先が本国だった。そして、もう一方は、ハプティズム家。こちらも、代替わりできる子供たちが育っていた。長年、この国に住んでいると、半妖精でも妖精になる。だから、妖精の国に移り住んでも、問題はないし、ふたつの家は、この国の最初からある名家で、どちらも祖は、妖精という家柄だから、こちらも問題はない。
「では、誰かをお迎えに行かせなくてはなりませんが? 陛下。」
「ニールが適任だ。あれに、しばらく養育させて連れてこさせよう。」
「承知いたしました。」
てなわけで、ディランディー家のニールがお迎えに任を命じられた。ただし、ちょっと注文はついていた。
「あれは両親を戦争で亡くし、その後、精霊が育てたのだが、その精霊は、精霊らしい性質のもので、人間としての善悪というものを教えていない。だから、おまえが、それを教え、あれが力を使えるようになったら、こちらへ連れて来い。それまでに、武術、体術、一般常識など、人間として、さらに、王として必要なことも最低限、身に付けさせておけ。」
大人しく、畏まっていたニールは、「それで、次期王は、おいくつなのですか? 」 と、頭を下げたまま尋ねた。
「ふむ、確か、八つにはなっているだろう。」
「あの、畏れながら・・・陛下。そういうことでしたら、まず、乳母をおやりになるほうがよろしいのではございませんか? 」
八つになる子供なんて、いきなり教育して来いと言われても、ニールも困る。
そういう場合、まず、乳母を寄越して、育てさせて、そこから教育したほうがいいではないか、と、思ったのだ。だが、イオリアのほうは、呆れたように息を吐いた。
「ニール、わしが、なぜ、おまえを指名したと思っている。おまえでないと、あれは懐かないからだ。言っておくが、人間の姿はしているが、野生の獣だ。それを手懐けることができるのは、ディランディー家のおまえと、おまえの父親ぐらいのものだぞ。」
「そこからなんですね? 陛下。」
「だから、おまえなんだ。」
「わかりました。拝命いたします。」
この国の祖は、三人。ひとりが、イオリア・シュヘンベルグだ。そして、残りのふたりが、ハプティズム家当主とディランディー家当主だ。無限大の法力を持つイオリアが、国を守り、その実際の管理は、ハプティズム家が、そして、この国を維持するための優秀な人員の確保は、ディランディー家が、長年、執り行ってきた。その結果、国家としての大きさを持つまでに、この国は拡大したのだ。この国、ソレスタル・ビーイングは、三人が作った国だ。ある意味、もっとも特異な能力があるのが、ディランディー家で、孔雀色の瞳で、どんな人間も魅了できるという、とんでもない能力がある。当代は、男女構わずなので、「人たらし」 と、されているが、次代は、双子で、片方が、「女たらし」 、もう一方が、「男たらし」の能力がある。だから、どんな人間でも、打ち解けてしまえるし、力加減如何で、虜にだってしてしまえる。ただし、この能力は、イオリアやハプティズム家、さらに、ディランディー家当主の奥方にだけは効かないので、当主が奥方を娶るには、かなり苦労もしてらしい。
「まだ、力は目覚めておらんので、時間はかかるだろう。気長に養育するといい。こちらも、そう慌ててはいないからな。」
小さな子供では、魔法力は覚醒しない。それが覚醒するのが、いつなのかは誰にもわからない。ただ、精霊が育てたということは、その要素が色濃くあることを意味している。
「ニール、デュナメスを連れて行け。」
「え? 父上、それでは父上の足がなくなります。」
「大丈夫。ケルビィムを使うから、問題ない。気をつけて。」
ディランディー家の当主は、息子に、自分の馬を託した。デュナメスは、オスで気性が荒いところがあるが、ニールにはベタ惚れしている。何事か遭っても、手助けしてくれる力強い馬だし、何より、妖精の国の馬なので、普通の馬とは違い意思疎通もできるし、多少の魔法力を有している。
「何年もかかるだろうから、慌てずに気長にやりなさい。」
八歳の子供を養育することから始まるので、時間はかなりかかる。まあ、それでも、この国の人間にとったら十年なんてものは、あっという間のことではあるが。
子供のいる国は、王国より遥かな南の地だった。一面が砂漠で、オアシスが点在する。そのオアシスのひとつに、子供は暮らしていた。隣りのオアシスまでは、ラクダで三日の距離というところで、まずは、と、ニールは、自分の食料やらを、その隣りのオアシスにある村で調達した。「あそこには悪い精霊がいて危険だから、やめたほうがいい。」 と、村人たちに止められたが、そうも言ってられない。そして、ラクダに乗り換えろとも言われたが、それも聞けなかった。デュナメスも、鼻息であしらって歩き出す。どこであろうと、デュナメスには関係ない。ラクダで三日の距離を一日で走り抜けた。大きくはないが、そこそこの広さのオアシスは、静まり返っていた。炎天下を走り抜けたので、さすがのデュナメスも泉の水をガブガブと飲んでいる。ニールも、装備を解いて泉に入った。
「ディランディーの若造か・・・・イオリアのじじいめ、とうとう嗅ぎつけやがったか。」
泉の奥の林から、ひとりの男が出てきた。紅い髪を無造作に伸ばしヒゲを蓄えた大柄な男だ。独特の気迫があり、一種の殺気のようなものを纏った精霊だ。
「あんたが精霊か? 」
「おうよ。」
「子供は、どこだ? 」
妖精や半妖精たちが暮らす国は、その王が、外との結界を張っていて、簡単に出入りすることはできない。そして、自国の周辺で紛争があれば、「じゃかましい。」 と、王が騎士と出張って双方を叩きのめして平和にしてきたので、その周辺には争いは少なかった。その国を自由にできれば、世界が手に入ると、大国は、こぞって押しかけたのだが、その領域に入ることすらできなかった。それは、王が張り巡らせていた結界が邪魔をしたからだ。だから、この国の王は、天上の城と呼ばれる宮城から出ることはできなかったし、のんびりと暮らしているのが常だった。
「ようやく、跡継ぎが見つかった。これで、本国で隠居できる。」
その言葉を吐いたイオリアは、嬉しそうに側近に笑いかけた。
「それは、ようございました。では、私くしどもも陛下と共に、あちらへ移り住むことにいたしましょう。娘が、子供を成したそうで、あちらで子守りをしたいと思っておりました。」
「そういうことでしたら、私たちも、ご一緒に。そろそろ、若い者に引き継いでも問題はありません。」
王と同様に、側近たちも、妖精の国の本国へ移り住むことにした。一方が、ディランディー家で、こちらは、その娘の嫁ぎ先が本国だった。そして、もう一方は、ハプティズム家。こちらも、代替わりできる子供たちが育っていた。長年、この国に住んでいると、半妖精でも妖精になる。だから、妖精の国に移り住んでも、問題はないし、ふたつの家は、この国の最初からある名家で、どちらも祖は、妖精という家柄だから、こちらも問題はない。
「では、誰かをお迎えに行かせなくてはなりませんが? 陛下。」
「ニールが適任だ。あれに、しばらく養育させて連れてこさせよう。」
「承知いたしました。」
てなわけで、ディランディー家のニールがお迎えに任を命じられた。ただし、ちょっと注文はついていた。
「あれは両親を戦争で亡くし、その後、精霊が育てたのだが、その精霊は、精霊らしい性質のもので、人間としての善悪というものを教えていない。だから、おまえが、それを教え、あれが力を使えるようになったら、こちらへ連れて来い。それまでに、武術、体術、一般常識など、人間として、さらに、王として必要なことも最低限、身に付けさせておけ。」
大人しく、畏まっていたニールは、「それで、次期王は、おいくつなのですか? 」 と、頭を下げたまま尋ねた。
「ふむ、確か、八つにはなっているだろう。」
「あの、畏れながら・・・陛下。そういうことでしたら、まず、乳母をおやりになるほうがよろしいのではございませんか? 」
八つになる子供なんて、いきなり教育して来いと言われても、ニールも困る。
そういう場合、まず、乳母を寄越して、育てさせて、そこから教育したほうがいいではないか、と、思ったのだ。だが、イオリアのほうは、呆れたように息を吐いた。
「ニール、わしが、なぜ、おまえを指名したと思っている。おまえでないと、あれは懐かないからだ。言っておくが、人間の姿はしているが、野生の獣だ。それを手懐けることができるのは、ディランディー家のおまえと、おまえの父親ぐらいのものだぞ。」
「そこからなんですね? 陛下。」
「だから、おまえなんだ。」
「わかりました。拝命いたします。」
この国の祖は、三人。ひとりが、イオリア・シュヘンベルグだ。そして、残りのふたりが、ハプティズム家当主とディランディー家当主だ。無限大の法力を持つイオリアが、国を守り、その実際の管理は、ハプティズム家が、そして、この国を維持するための優秀な人員の確保は、ディランディー家が、長年、執り行ってきた。その結果、国家としての大きさを持つまでに、この国は拡大したのだ。この国、ソレスタル・ビーイングは、三人が作った国だ。ある意味、もっとも特異な能力があるのが、ディランディー家で、孔雀色の瞳で、どんな人間も魅了できるという、とんでもない能力がある。当代は、男女構わずなので、「人たらし」 と、されているが、次代は、双子で、片方が、「女たらし」 、もう一方が、「男たらし」の能力がある。だから、どんな人間でも、打ち解けてしまえるし、力加減如何で、虜にだってしてしまえる。ただし、この能力は、イオリアやハプティズム家、さらに、ディランディー家当主の奥方にだけは効かないので、当主が奥方を娶るには、かなり苦労もしてらしい。
「まだ、力は目覚めておらんので、時間はかかるだろう。気長に養育するといい。こちらも、そう慌ててはいないからな。」
小さな子供では、魔法力は覚醒しない。それが覚醒するのが、いつなのかは誰にもわからない。ただ、精霊が育てたということは、その要素が色濃くあることを意味している。
「ニール、デュナメスを連れて行け。」
「え? 父上、それでは父上の足がなくなります。」
「大丈夫。ケルビィムを使うから、問題ない。気をつけて。」
ディランディー家の当主は、息子に、自分の馬を託した。デュナメスは、オスで気性が荒いところがあるが、ニールにはベタ惚れしている。何事か遭っても、手助けしてくれる力強い馬だし、何より、妖精の国の馬なので、普通の馬とは違い意思疎通もできるし、多少の魔法力を有している。
「何年もかかるだろうから、慌てずに気長にやりなさい。」
八歳の子供を養育することから始まるので、時間はかなりかかる。まあ、それでも、この国の人間にとったら十年なんてものは、あっという間のことではあるが。
子供のいる国は、王国より遥かな南の地だった。一面が砂漠で、オアシスが点在する。そのオアシスのひとつに、子供は暮らしていた。隣りのオアシスまでは、ラクダで三日の距離というところで、まずは、と、ニールは、自分の食料やらを、その隣りのオアシスにある村で調達した。「あそこには悪い精霊がいて危険だから、やめたほうがいい。」 と、村人たちに止められたが、そうも言ってられない。そして、ラクダに乗り換えろとも言われたが、それも聞けなかった。デュナメスも、鼻息であしらって歩き出す。どこであろうと、デュナメスには関係ない。ラクダで三日の距離を一日で走り抜けた。大きくはないが、そこそこの広さのオアシスは、静まり返っていた。炎天下を走り抜けたので、さすがのデュナメスも泉の水をガブガブと飲んでいる。ニールも、装備を解いて泉に入った。
「ディランディーの若造か・・・・イオリアのじじいめ、とうとう嗅ぎつけやがったか。」
泉の奥の林から、ひとりの男が出てきた。紅い髪を無造作に伸ばしヒゲを蓄えた大柄な男だ。独特の気迫があり、一種の殺気のようなものを纏った精霊だ。
「あんたが精霊か? 」
「おうよ。」
「子供は、どこだ? 」
作品名:だぶるおー 天上国2 作家名:篠義