アカシアの樹で待ってて
それは前兆なんてものが全くなく、唐突にオレに降って来た。
「もうやめようぜ」
「なにを?」
「こういうの」
獄寺が言うこういうのとはどういうことだろう。
オレ達はいつも通り獄寺の部屋で、さっきまで二人して小さいベッドで絡み合っていたところな訳だけど、まさかセックスを止めたいってことだろうか。
今日はいつも以上に獄寺が積極的でありえないぐらい煽られたし二人しておかしくなって乱れた。獄寺は凄い気持ち良さそうだって思ったし、オレだってちょっとないってぐらい気持ち良かった。オレも獄寺も健全な男子高校生なので気持ち良いことは大好きだった。
オレが見当違いなことを考えているのが分かったのか、獄寺がゆっくりと煙草に火を付けながらポツリと言った。
「好きなやつ出来た」
獄寺のその一言に、一瞬凍りつく。そしてその言葉がぐるりとオレの身体を一周した頃、ようやくオレの心臓が速度を上げ始めて全身から変な汗が出てきそうだった。
「え? だ、誰に?」
「オレに」
「……獄寺に?」
「そう」
まさか、という気持ちだった。獄寺に好きなひと? 何てありえなくて不似合いなフレーズだろう。
思えば獄寺から好きだという言葉を聞いたのは初めてだなと思う。それなのに初めてが切れる時で、しかもオレじゃない奴に向けられた言葉だなんて。
当たり前みたいに悲しいって思ったけど、獄寺の言葉に気持ちが軽くなる自分もいて、オレはそんな自分に吐き気がしそうだった。多分、オレも、獄寺以外に気になる奴が出来てしまっていたから。さっきは一瞬、オレのことを言い当てられたのかとも思ったけど、どうやら違うらしい。
だとしても、獄寺に好きな奴というのは今一つピンとこない。
「獄寺の好きな奴って誰?」
「言わなきゃ駄目か?」
「いや、別に……」
珍しく獄寺の言葉は短く分かりやすかった。そして、とても静かだった。
獄寺はいつもオレには難解な日本語を使ってきたり感情の起伏が激しかったりするので、さっきまでのことと併せて考えるとそのギャップにこれは誰だろうという疑問まで湧いてくる。
オレは今まさにフラれているような状態な訳だけど、獄寺はまだ素っ裸にシーツを絡めたまま煙草を吸っているし、オレも下着とジーンズだけ付けた状態で、何となく滑稽な気がした。
何とか動揺する気持ちを落ち着けて、獄寺に渡すべき言葉をオレは考えた。
――――動揺?
自分で思った言葉に更に心を乱されて、そうか、オレは動揺してるのかと他人事のように思った。
「獄寺は……その、好きな奴と付き合うの?」
「さぁな」
「じゃあ、何で、」
別に上手く行くって決まってる訳じゃないんだったら、ちょっと気になるぐらいだったら現状維持でいいじゃないか、と言おうとして、それはオレの今の考えだと気付いて途中で言葉を飲み込んだ。
他に気になる奴がいるとしても、オレは獄寺に対する気持ちがなくなった訳じゃない。だから、どうしようかなとオレだって悩んでいたのだ。
そもそもオレと獄寺は付き合おうと約束してこの関係を始めた訳じゃないけど、オレは獄寺と付き合ってると思ってた。毎週のように週末を一緒に過ごして、隙あらば獄寺の家に上がりこんで。学校も合わせれば生活の殆どを獄寺と共有しているようなものなのだ。
獄寺だってそうだろう。でなきゃ止めようとは言わないはずだ。ああ、でも別れようって言わないところが獄寺なのかな。獄寺の中でオレとの関係はどういう風に処理されているんだろう。
でも、それだけ一緒に居たのにオレは獄寺の心変わりにまるで気付かなかったことになるのだ。オレは獄寺に一度も好きだなんて言われたことはなかったけど、獄寺がオレの傍を離れて行くなんて考えたこともなかった。
だけど、獄寺が好きな奴って一体。そもそも獄寺は――――。
「……それって、おんな?」
獄寺が怒り出しそうなことを恐る恐る聞いてみる。誰かはともかく、どうしても気になった。オレ達は何となくこんな感じになってしまったけど、オレは女の子だって好きだし、獄寺もそうじゃないのかなと思ったから。
だけど、獄寺の答えはオレの想像とは違うものだった。
「――――――お前がそう言うならそうかもな」
そう言って、場違いな微笑みを浮かべた獄寺は、まだ半分も減っていない煙草を灰皿へと押し付けた。
「もうやめようぜ」
「なにを?」
「こういうの」
獄寺が言うこういうのとはどういうことだろう。
オレ達はいつも通り獄寺の部屋で、さっきまで二人して小さいベッドで絡み合っていたところな訳だけど、まさかセックスを止めたいってことだろうか。
今日はいつも以上に獄寺が積極的でありえないぐらい煽られたし二人しておかしくなって乱れた。獄寺は凄い気持ち良さそうだって思ったし、オレだってちょっとないってぐらい気持ち良かった。オレも獄寺も健全な男子高校生なので気持ち良いことは大好きだった。
オレが見当違いなことを考えているのが分かったのか、獄寺がゆっくりと煙草に火を付けながらポツリと言った。
「好きなやつ出来た」
獄寺のその一言に、一瞬凍りつく。そしてその言葉がぐるりとオレの身体を一周した頃、ようやくオレの心臓が速度を上げ始めて全身から変な汗が出てきそうだった。
「え? だ、誰に?」
「オレに」
「……獄寺に?」
「そう」
まさか、という気持ちだった。獄寺に好きなひと? 何てありえなくて不似合いなフレーズだろう。
思えば獄寺から好きだという言葉を聞いたのは初めてだなと思う。それなのに初めてが切れる時で、しかもオレじゃない奴に向けられた言葉だなんて。
当たり前みたいに悲しいって思ったけど、獄寺の言葉に気持ちが軽くなる自分もいて、オレはそんな自分に吐き気がしそうだった。多分、オレも、獄寺以外に気になる奴が出来てしまっていたから。さっきは一瞬、オレのことを言い当てられたのかとも思ったけど、どうやら違うらしい。
だとしても、獄寺に好きな奴というのは今一つピンとこない。
「獄寺の好きな奴って誰?」
「言わなきゃ駄目か?」
「いや、別に……」
珍しく獄寺の言葉は短く分かりやすかった。そして、とても静かだった。
獄寺はいつもオレには難解な日本語を使ってきたり感情の起伏が激しかったりするので、さっきまでのことと併せて考えるとそのギャップにこれは誰だろうという疑問まで湧いてくる。
オレは今まさにフラれているような状態な訳だけど、獄寺はまだ素っ裸にシーツを絡めたまま煙草を吸っているし、オレも下着とジーンズだけ付けた状態で、何となく滑稽な気がした。
何とか動揺する気持ちを落ち着けて、獄寺に渡すべき言葉をオレは考えた。
――――動揺?
自分で思った言葉に更に心を乱されて、そうか、オレは動揺してるのかと他人事のように思った。
「獄寺は……その、好きな奴と付き合うの?」
「さぁな」
「じゃあ、何で、」
別に上手く行くって決まってる訳じゃないんだったら、ちょっと気になるぐらいだったら現状維持でいいじゃないか、と言おうとして、それはオレの今の考えだと気付いて途中で言葉を飲み込んだ。
他に気になる奴がいるとしても、オレは獄寺に対する気持ちがなくなった訳じゃない。だから、どうしようかなとオレだって悩んでいたのだ。
そもそもオレと獄寺は付き合おうと約束してこの関係を始めた訳じゃないけど、オレは獄寺と付き合ってると思ってた。毎週のように週末を一緒に過ごして、隙あらば獄寺の家に上がりこんで。学校も合わせれば生活の殆どを獄寺と共有しているようなものなのだ。
獄寺だってそうだろう。でなきゃ止めようとは言わないはずだ。ああ、でも別れようって言わないところが獄寺なのかな。獄寺の中でオレとの関係はどういう風に処理されているんだろう。
でも、それだけ一緒に居たのにオレは獄寺の心変わりにまるで気付かなかったことになるのだ。オレは獄寺に一度も好きだなんて言われたことはなかったけど、獄寺がオレの傍を離れて行くなんて考えたこともなかった。
だけど、獄寺が好きな奴って一体。そもそも獄寺は――――。
「……それって、おんな?」
獄寺が怒り出しそうなことを恐る恐る聞いてみる。誰かはともかく、どうしても気になった。オレ達は何となくこんな感じになってしまったけど、オレは女の子だって好きだし、獄寺もそうじゃないのかなと思ったから。
だけど、獄寺の答えはオレの想像とは違うものだった。
「――――――お前がそう言うならそうかもな」
そう言って、場違いな微笑みを浮かべた獄寺は、まだ半分も減っていない煙草を灰皿へと押し付けた。
作品名:アカシアの樹で待ってて 作家名:高梨チナ