アカシアの樹で待ってて
獄寺と別れて一ヶ月が経った。
結局、獄寺だけじゃなくオレの方にも気になる女の子が出来てしまっていて、獄寺だけを一方的に責めることは出来なかったし、むしろ天秤にかけながらズルズルと引きずっていたオレよりもきちんと区切りを付けた獄寺は偉いと、オレは思う。
オレ達はちゃんとお互いのことが好きだったと思うけど、オレ達はどうしようもないことに男だったのだ。お互いに。
獄寺の存在がなければ、なんて思っていたオレだったけどいざそうなってみても事態は意外と動かないものだった。
部活の後タイミングが合ったら一緒に帰ったり、休みの日に遊びに行ったこともあるけど、付き合っているという訳ではなかった。焦りや衝動のようなものは少しもなくて、別に急がなくてもいいかなって気がしてた。
オレが付き合ってって言ったら上手く行くんだろうなぁとは思うし、一緒にいると告白待ちですって感じはしている。だけど、特にオレから何か言おうとは今の所思ってなかった。今ぐらいの距離が心地良い気がしてしまっているから。野球と恋愛の配分がちょうど良くて、これ以上恋愛を増やすとしんどいんじゃないかなとオレは感じ取ってしまっていた。
華奢で小さくて、手を繋ぐと柔らかくて、オレに好かれようって一生懸命に話題を合わせて努力してる姿は可愛らしい。そういうのを見ていると噂は本当かもしれないなと、思ったりもした。野球なんてサッパリなのに目当ての部員がいるからマネージャーになったとか。そういう感じの噂。
先輩達が自分目当てだったらどうしようって彼女が入部した時に騒いでたのを覚えてる。そして、そういう噂になるぐらいには可愛くて守ってあげたくなるタイプの子なのだ。
その時のオレは獄寺にしかまるで興味がなくて思いっきりスルーしてたんだけど、まさか一年越しでオレがそれを実感することになるなんて思ってもみなかった。
誰かにバレる心配をしてビクついたりしなくていいってことは物凄く楽だったけど、部活内での恋愛沙汰に先輩達はうるさいので、そこまで大っぴらにする訳にもいかなかった。まぁ、仮に誰かにバレたとしても、重大さとか悲壮感みたいなものが獄寺の時とは天と地程違うんだけど。
獄寺と大っぴらに手を繋いだり、デートをしたりということがしたくてオレは度々ごねたりもしたけど、ふざけんなと言われて手を叩かれてばっかりだった。
だから、初めて下校中に手を繋いだ時は妙に嬉しかった。でも、それは何だか達成感みたいなもので、期待していた心が締め付けられるようなときめきみたいなものはなかったのだ。オレが付き合おうって踏み切らないのはそういうところもあるのかもしれない。
校門を出てから別れ道までの二十分間、ポツポツと会話をしながら手を繋いで歩いたけど、これなら獄寺の家から深夜のコンビニまで、無理やり獄寺の手を引っ張って歩いた三分間の方がよっぽどドキドキした。
オレは獄寺相手だけど既に童貞じゃなくなってたし(男相手でもカウントしていいんだよな?)手を繋いだぐらいじゃ、そういう気持ちになったりはしないのかもなと漠然と思っていた。
考えてみればオレは女の子と付き合ったことなんかなくて、今まで野球と獄寺にかまけてばかりいたのだ。野球と獄寺を並べるのも、獄寺と女の子を並べるのも申し訳ないけど、全部が全部違うもので、オレにはどうしていいか全然分からなかったんだからしょうがない。
作品名:アカシアの樹で待ってて 作家名:高梨チナ