アカシアの樹で待ってて
オレは獄寺を腕の中に閉じ込めたまま、ずっと疑問だったことを口にした。
「……何で好きな奴できたとか言ったの」
「そ、れは…………だって、そうでも言わないとお前納得しなかったろ。嫌いになったって言っても、バレる気がしたし、それに十代目を通してお前と切れることはないだろうから。気まずくなったら十代目に迷惑がかかるし」
まぁ、そうかもしれないけど。でもそれだってそのうち分かったと思うんだけど。実際、こうしてバレてしまってる訳だし。
「――――――――それに、下手な理由出してお前に押し切られたら、オレは、きっと拒めなかった」
さっきから獄寺が口にする言葉にオレはただ絶句するしかなかった。
「ツナに言って、オレを守護者から外して貰えば良かったのに」
「……十代目にはテメェが必要なんだよ」
それに、お前をファミリーから追い出そうなんて最初の頃にやりまくったし、とポツリと言った獄寺の言葉に、オレは笑った。酷いことを言われているのに、それが獄寺らしいって久しぶりに感じて、何だか妙に安心した。
鼻を啜る音が聞こえたかと思うとグイッと両腕で身体を押し退けられて、オレは大人しく獄寺に回した腕を解いた。
そうしてオレに再び投げかけられた言葉を、オレはやっぱり正しく理解することが出来なかった。
「納得したか?」
「え? 何が?」
「何がじゃねぇよ……」
獄寺は顔を緩ませたオレを呆れたような目で睨みながら目元を擦った。だけど、そんな顔で睨まれたって、さっきの話を聞いた後じゃ、意味を成さないどころかオレの気持ちは膨らむばかりなんだけど。
「お前と元には戻れないって、納得したかって言ってんだよ。オレはちゃんと全部話したぞ」
ガツンと頭を殴られた気分だった。
今の話を聞いて、何でオレが納得できるって思うんだよ。
だって、さっきよりもずっと獄寺がオレのことを思ってくれてるって分かったし、オレだって獄寺でないと駄目なんだ。
「…………その顔は分かってねぇんだな」
はぁと溜め息を付くと獄寺は手元の煙草を口へと運んでジッポを擦った。独特のオイル香りがオレの鼻先まで届く。
「だって、オレも獄寺のこと好きだし……」
「もってなんだよ、もって。オレはンなこと言ってねー」
この期に及んでそんなことを言う獄寺は以前だったら可愛いって思えたかもしれないが、さっきまでの空気が一変していて、オレは素直にそう思うことが出来なかった。
「オレ、獄寺以外なんて無理だ……」
「それは慣れって奴だと思うぜ? その辺の女よりオレのがお前のこと分かってるから楽なだけだよ、それにオレは男だからな。気ぃ使わなきゃなんねー部分も少ないし」
「ンなことねぇよ! 他の奴といたって、獄寺のことばっか考えちまうし、」
ここ一ヶ月と少しの間、オレは本当に獄寺のことを考えて、考えないようにして、結局獄寺のことばっかりだったんだ。
そんなオレを見て獄寺は困ったように眉間に皺を寄せた。
「例えば仮に――――お前とオレが前みたいに戻ったとするだろ」
その言葉にオレはパッと獄寺の顔を覗き込む。
「バカ、仮定の話だって言ったろ。仮に、そうなったら、お前は安心してまた同じことするんだよ」
「何でそんなこと言うんだよ……」
何でオレのことが好きだって認めたのと同じ顔で、そんなことが言えるの。
「お前のそれはお気に入りのオモチャを取り上げられるのが嫌だって言ってる子供と同じなんだよ」
な? と項垂れたオレの頭を優しく撫でながら小さい子供をあやすように獄寺は言った。
「でも、オレは獄寺でないとって」
「だからお前、忘れっぽいんだよ。言ったろ? お前がやっぱりオレが良いって言ってくれても、オレはもう無理なんだよ」
これ以上ないってぐらい優しい声音で少しも優しくない言葉を吐いて、獄寺は綺麗に微笑んだ。
「今回はオレも悪かったよ。お前に普通にしようって思ってやったことが裏目に出ちまったんだしな」
「違う」
「お前とオレの普通は、オレがお前に罵声を浴びせることだったんだな。何かこんな風になる前の普通ってのが良く分かんなくなっちまってた」
そんなのオレだってそうだ。でも、オレ達が一緒にいた数年間はなかったことにはならないんだ。今更、そんな昔に戻ったってオレだってお前だって、それこそツナだって変に思うに決まってる。
「……悪かったよ。多分、そうしてたら、お前は違和感なくそのまま女に移れたんだよな」
せっかくお前モテんだからオレなんかに構ってないで高校生活を謳歌した方がいいぜ? って笑う獄寺が我慢できなくて許せなくって、オレは自分のことを綺麗に棚上げして獄寺の肩を掴むと引き倒した。風邪のせいか獄寺の身体はいつも以上に軽くて、何だか本当にこのまま消えてしまいそうな気がして、酷いことをしてるのはオレの方なのに、獄寺じゃなくてオレが泣きそうだ。
なのに獄寺はベッドに身体を押し付けられても抵抗一つしないで静かにオレを見上げてくるだけだった。
「お互いに好きなんだったら、一緒にいればいいじゃねぇか。何でそれが駄目なんだ? 分かんねぇよ獄寺……」
「普通はそれでいいんだろうけど……今回はそれだけじゃねぇだろ。それにオレはこういうことに向かねぇんだよ」
「どういう、」
「普通に付き合ってる奴等でも、長くなりゃ他に目移りぐらいするだろ。でもオレは、それが無理なんだよ」
すっと獄寺の右手が持ち上げられて、オレの頬に添えられた。そして、真っ直ぐに目を覗き込まれる。
「言ったろ? オレはけっこうお前に参ってるんだって」
「…………ッ」
「このまま戻ったとしてもオレはずっと今回のことを引きずって前みたいな楽しい状態には戻れないだろうし、お前も楽しいだけじゃないよ。それに、マジで次に同じことがあったら…………多分、オレは立てなくなる」
思わず腕に込めた力が緩む。すると獄寺がオレの束縛から抜け出して両腕で自分の顔を覆った。膝立ちになったままオレはそんな獄寺を黙って見ていた。だって、かける言葉が見つからない。ただ目の前にいる獄寺を抱きしめたかったけど、獄寺は全身でそれを拒否してた。
「悪ィ、オレは器用じゃねぇんだよ…………マジで、もう勘弁してくれ……」
腕の隙間から漏れてきた言葉を、オレはどう処理していいか分からなかった。どうすればいいのか、誰か教えて欲しかった。
一度も間違えることなく正しく本物を選び取った獄寺が賢いのか、まがい物と並べてようやく本物が分かったオレが愚かなのか。
やっと見つけた気がしたのに、気付いた時には何一つオレの手の中には残っていなかった。
オレに残された真実があるとしたら、オレは獄寺を永遠に失ったということだけ。ただ、それだけだ。
2009.06.21
作品名:アカシアの樹で待ってて 作家名:高梨チナ