アカシアの樹で待ってて
新しく手にした煙草に火を付けるでもなしに手の中でくるくると回しながら、獄寺は話を続けた。
「付き合うって形式にしなかったのは、自分でもどっかで分かってたのかもしんねぇなって今になって思うよ」
「でも、でも……。オレは、獄寺と付き合ってたつもりだったぜ」
「なんで?」
俯きがちだった顔を上げて不思議そうに聞いてくる獄寺は、本当に不思議でしょうがないって表情をしていた。
「だって付き合ってなきゃ、好きじゃなきゃあんなことしねぇ、よ……」
言いながらオレは気付いてしまって、自分で自分をナイフで抉るような気持ちになって言葉尻が弱くなる。
獄寺だって知らない訳ないんだと思う。まだ一部でしか流れていない噂は、それだけに生々しいものだったに違いないので。
「メールして電話して家に行ってキスしてセックスしたら付き合ってるって? お前ホントにそんなこと言えんの?」
ちょっと前ならそうだって獄寺に強く出ることが出来た。でも、今は出来なくなってしまっている。
オレは返す言葉を見つけられなくて唇を噛み締めた。
「オレは別にお前を責めてる訳じゃねぇよ。それこそ考え方は人それぞれって部分なんだろうし」
身体を硬くするオレに獄寺は思いのほか優しく声をかけてきて、オレは少し驚いた。絶対に非難されるだろうと思ったし、非難されて当然だとも思ってたから。
「じゃあ、」
なんで。獄寺はいったい何が言いたいんだろう。
獄寺の言ってることは分かりそうなのに、全然分からないことだらけで、オレは思わず縋るような目を向ける。
今日は元からほどけていた眉を少し下げて、獄寺は困ったように淋しそうに笑った。
「ただ、お前はオレとは違う考え方をするんだってことだよ」
「そん、なこと」
「誰だって目の前に餌をぶら下げられりゃ食い付くよ、男だったら尚更な。お前は人よりも餌がいっぱい手に入るってだけで」
そんな当たり前のことのように、何でもないって風に話しているけど、これは本当に獄寺の本心なんだろうか。オレはまた何か間違いそうになってるんじゃないだろうか。
「倫理的には問題あるかもしれねぇけど、悪いことだとは言えないだろ、そういうのは。ただ、オレが無理なだけ。悪ぃな」
「でも、獄寺……」
でも、今の獄寺の目は、オレが馬鹿なことをやった時、しょうがねぇなって許してくれる時の目をしてるんだ。
オレの言いたいことが獄寺には分かったんだろう、言葉に詰まったオレに小さく一つ頷いた。
「今回は許せたとしても次は? お前絶対にまた同じことがあるぜ? で、お前は馬鹿だから実行してみなきゃ分かんねぇんだ。だから今回と同じことをオレにやるよ。そうなった時、オレには今回みたくかろうじてファミリーに戻るって選択肢はないかもしれない」
言いながらも獄寺は項垂れるように下を向いてしまって、そんなことで十代目に迷惑をかける訳にはいかねぇって呟いた表情はオレの位置からでは見えなかった。
「もうこんなことねぇよ!」
「生憎だけどオレはお前のことを信じちゃいねぇんだよ」
「何でそんな悪い方向にばっかり考えんだよ獄寺」
「オレは元々、お前と違ってマイナス思考なんだよ。最悪の事態を想定して生きてんだよ」
思わずという風に顔を上げて、最近はそれを忘れてたから今こうして痛い目みてんじゃねぇかって吐き捨てるように獄寺は言った。綺麗な深い緑色の目の縁が赤く滲んで、獄寺の炎の色と同じで触れたもの全てを壊してしまいそうだった。
それでもオレは納得なんか出来る訳がない。
「……ツナには馬鹿みたいにプラス思考なくせに」
「っせーな! 十代目は特別なんだよ!」
「獄寺!」
吠える獄寺の腕を掴むと無理やり自分へと引き寄せてオレは抱きしめた。
するとピタリと獄寺の動きが止まる。
「じゃあ…………オレが、ボンゴレじゃなくなったら、もっかいオレとやり直してくれる?」
「…………ッ!」
「そしたら、お前、もうツナに迷惑かけるって心配しなくていいぜ?」
「ン、なこと……できっかよ」
「なんでだよ。ツナだってまだ正式に後継いだ訳じゃねぇんだから、まだ大丈夫だろ」
何が大丈夫なのかは実はオレも良く分かってないんだけど、動揺してるらしい獄寺からそこに関する反論はなくて、オレは内心ホッとする。
「…………そんなこと言うな」
「獄寺?」
腕の力を緩めて俯いた獄寺の顔を覗き込もうとすると、弾かれたように獄寺がオレを見上げて、その表情にオレは心臓が潰れそうになった。
「そ、んなこと……言うなッ!」
そう言って見上げた獄寺の瞳には、薄い水の膜が張っていて、今にも決壊しそうだった。
「……………………違ぇよ、十代目とか関係ねぇ」
「え?」
「………………オレが、イヤなんだよ」
「獄寺、」
「………………………………お前のこと、嫌い、になんの」
思ってもみない言葉に、オレの方が固まる番だった。
座った獄寺の頭を抱きしめたまま、オレはしばらく言葉を発することが出来なかった。獄寺の言った科白を何度か反芻して、ようやく捻り出した言葉は、自分でも笑ってしまうぐらい間が抜けていた。
「…………おまえ、そんなにオレのこと好きだったの?」
「…………………………うるせぇ」
表情を隠すようにオレの胸に顔を強く擦り付けているけど、髪から覗いた耳が赤く染まってて、擦り寄る仕草すらオレにとっては逆効果だった。
作品名:アカシアの樹で待ってて 作家名:高梨チナ