兄妹[DR折原兄妹]
七年後。
新宿で一人で暮らしているはずだった。
――― どうしたことか。
住所を教えた覚えはない。部屋の暗証番号を教えた覚えも、まして鍵も渡した覚えもない。女を連れ込むようなこともしていない。それでも今横にある温かさは間違えようがない。確かに存在する。起き上がって布団を上げれば、左に九瑠璃、右に舞流がいた。何の冗談だ、臨也は溜息をついた。とりあえず寒そうな寝間着を着ている二人に、兄の情として布団をかけなおしておいた。
階段を下りて玄関に向かった、鍵の確認をするが、ピッキング跡も壊した跡もない。鍵を使ってちゃんと正規の方法で入ってきたようだ。視線を下に向ければ自分のより一回り小さい二足の革靴が並んでいた。少し砂で汚れていたので、クリーナで拭いておいた。
洗面所に向かって洗顔と歯磨きをしようと思った。歯ブラシが増えていることはまだしも、女性物の下着を放置するのは勘弁してほしい。取り扱い方なんて知らない。寝癖が酷かったので、ついでに髪も洗った。
リビングに戻ると、妹たちは目を覚ましていた。寝間着のままキッチンに並んで朝食を作っていた。
「あ、イザ兄おはよー」
「(おはよう)」
「あぁ、うん」
すべきことが取られ、臨也は髪を拭きながらソファに腰を落ち着かせた。「私物は持って帰れ」そう言うことを忘れずに。
数分後、テーブルには朝食が並んだ。トーストとコーヒーのほか、ハムエッグにコーンスープ、生野菜のサラダが並んだ。七年前より彩りよく華やかになっていた。サラダを見た瞬間に頬が引きつったのは言うまでもない。
「ちゃんと食べてね、イザ兄」
避ける前に釘を刺されてしまった。健康だと言い訳をしても聞く耳を持たない。なら食べたことにしよう。臨也はトマトを一切れだけ食べた。
あ、と九瑠璃は臨也の顔を見た。
「再、傷(また怪我してる)」
きれいなのに。九瑠璃は臨也の頬にある赤い擦過傷に触れた。当然痛い。臨也はその手を軽く払った。
「標識だよ」
「てことは静雄さんかー。イザ兄も飽きないね」
トーストを銜えながら舞流は言った。
「さっさと死んじゃえばいいのに」
「聞き捨てならないなぁ」
「だって幽平さんに会わせてくれるんだもん」
身内を売るな。臨也は舞流の額を弾いた。ぱちんと軽い音が鳴った。舞流は大袈裟に痛がってみせるが、臨也は流した。全くこれで指弾扱いの静雄の力は計り知れない。しばし止まり、臨也はコーヒーを啜った。止めよう考えるのは。もっと別のことにしよう。
平日なので彼女たちは学校があった。それぞれいつものように体操服と制服に、リビングで着替えた。いくら兄妹とはいえ、少しは恥らった方がいいんじゃないかと臨也は椅子に座り自主的に背を向けて思った。それでもガラスに映ったりしているのだが。
「九瑠璃、たまにはそれ以外着たら?」
「(どうして?)」
「いいじゃん、別に」
「お前らいい加減人目を憚れよ」
臨也は椅子から立ち上がると、まだあったかなとつぶやきながら階段を上がって自室に向かった。
作品名:兄妹[DR折原兄妹] 作家名:獅子エリ