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永遠に失われしもの 第7章

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煌びやかな装飾の中にも、
 長年使われている風格が漂う劇場の、
 馬蹄状に広がる2階桟敷席に案内されて、
 シエルは席につく。

 桟敷席はこの壮大な劇場の中で、
 深緑の絨毯と
 金箔を惜しげもなく用い、
 荘厳な装飾を施された柱、
 緋色のベルベットの重厚なカーテンに包まれた独立した空間となっている。


 「それでは私はすぐ外におりますので、
  何か御用事があれば、お呼びください」


 とセバスチャンは桟敷席を下がろうとする。

 
 「構わん、ここにいろ、セバスチャン
  一人でここにいても、つまらん」


 シエルは肘掛に肘をつきながら、
 開演前の暇をもてあましていた。


 「では」


 と言って、漆黒の執事は直立不動の姿勢で
 シエルの後ろに控えている。
 
 身を乗り出して桟から覗くと、
 一階床席も他の桟敷席も、
 ほぼ満席だった。

 他の桟敷席では、どこぞの貴族同士が
 挨拶に訪れ合い、社交の場として
 四方山話に華を咲かせている様子だ。

 ファントムハイブの名を捨てたことで、
 そんな七面倒な儀式を免除されることに
 シエルとしては、
 今は感謝したいくらいだった。


  「何かお飲み物を
   お持ちしましょうか?」

  「いや、いい」
 

 ・・どうせ味も、
 飲んだ気にすらならないものを・・


 「今日の演目は何だ?」


 漆黒の執事は、主に答えるために、
 側に寄り、身を屈めて答える。


 「サン・サーンスの
  ヴァイオリン協奏曲3番と、
  ラロのスペイン交響曲です」


 「ふん、聞いた事もないな」


 「9年前に、今日と同じく
  サラサーテが初演した作品で、
  大変好評でしたよ--

  ぼっちゃんは、
  当時まだ小さくていらしたので、
  ご存知ないでしょうが」


  幼少の思い出が突如脳裏に湧き上がり、
  シエルは胸の奥が
  少しだけちくりと痛くなるのを感じた。


 「ソリストのサラサーテも
  稀代のヴァイオリンの名手です」

 「お前とどちらが上手い?」

 「比べられるものではありませんよ」
 

  セバスチャンは、
  ほのかに微笑して答えた。


 「人間の恐ろしく短い一生の中で、
  あれだけの技量を身につけ、
  曲を歌いこなすという点では、
  彼のほうが勝るでしょうね。

  その短い生の、一瞬の気概が
  よく現れていて、大変良い演奏です。

  ぼっちゃんと私は、その代わりに
  その長い生を使って
  超絶技巧を身につけることはできますが
  --

  それに何と言っても、
  協奏曲はオーケストラがいないと
  弾いても、面白くありませんので--

  私たち悪魔は、
  永遠に無伴奏ヴァイオリン曲しか、
  弾けませんね。

  ああ、ぼっちゃんとなら、
  二重奏曲が弾けるかもしれませんが-」

 シエルはうんざりした顔で、
 セバスチャンを横目で見る。

 「遠慮しておく」
 
 「それは残念なことで」

 セバスチャンは、目を細めて微笑した。