輪が廻る
「佐助!」
お館様から頼まれた仕事を終えて庭に降りた俺にかけられたのは聞きなれた愛しいかすれた声だった。またお館様とど突き合いでもしていたんだろうか。城の修理費もばかにならないんだからいい加減やめろって毎度言ってんのに。お館様も懲りないなあ。それだけこの子が可愛いってことなんだろうけどさ。思わずもれたためいきは嬉しい音色をしていた。そんな自分に苦笑しながら声の聞こえたほうを振り返る。
「ただいまー旦那!おみやげあるよ」
「! だんごか?!だんごかさすけ?!!」
「そうだよー…ってコラコラ、んな焦らなくても俺様食わねーしちゃんと旦那の分はあるって」
「うむ」
みやげに夢中になっていた瞳が上げられて、よく帰ったな、佐助、と労いの言葉がかけられた。うん、とうなずきながら、大人になっちゃってまあ、なんてしみじみしてしまって、なぜだか涙なんか出そうになっちゃってほんと、俺様が育てたわけでもないのになあ。なんだろうね、歳のせいかなあ?なんて自分をごまかしながら、みやげを旦那に手渡して烏たちを呼ぶ。一仕事終えたとはいえ、まだまだ俺様の仕事は山積みだ。そのくせ主人たちがしょっちゅう城をぶち壊すせいで俺たちの給料は一向に上がらない。ほんと、割りに合わない仕事だ。それでも辞める気が起こらないのは、きっとこれ以外できることがないからだけじゃあない。
ピュイピュイと口笛で呼んだ烏たちにこれからすることを伝えていると、それをじっと見詰めていた旦那が「…佐助」と急に少し低めの声でつぶやいた。「ん?」と思わず振り返ってしまってしまった、と思った。旦那が俺相手にこういう声を出すときは必ずちょっとよくないことを思いついてしまったときだ。まためんどくさいことやらされる、と少し、いやかなり警戒しながら「なに?」となんでもないように聞いてみる。
「その烏たちはいつも佐助が仕事のときに使っているものたちだよな」
「うん、そうだよ」
「佐助もそのものたちに乗って飛んだりしているよな」
「…うん、まあね」
「某も乗りたい」
…出た。
「やだなーもう旦那、旦那が乗れるわけないでしょー」
「なぜだ!佐助が大丈夫なら某だって大丈夫なはずだ!」
「何その根拠のない自信」
「根拠ならある!」
「なによ」
「佐助より某のほうが軽い!」
「殴るよ」
「…むう。なぜだ。なぜダメなんだ。理由を聞かせて貰えんことには、この真田弦二郎幸村、けっして納得などせんぞ」
「簡単なことだよ、旦那。俺様、忍。旦那は侍。鍛えてるとこがちがうの。旦那が簡単にこいつらで飛べたら俺様、いる意味なくなっちゃうじゃん」
「…くうう。某も忍だったら」
「イヤイヤ旦那、旦那は確実に向いてないって」
アンタ絶対忍べないもん。そう言うと、旦那はそうか…とめずらしく落ち込んだ様子を見せて、政宗殿がどうしているか見に行きたかったのだがな…とつぶやいた。独眼竜かよ!と俺様は内心かなり嫌な気持ちになったが、まあこのまんまほっといたら諦めてくれそうだなと思い、「残念だったねー独眼竜に会えなくて」と適当に慰めておくことにした。
「まあ、独眼竜だったら旦那がわざわざ会いに行ってやらなくてもそのうちめんどくさいぐらい大群ひきつれてうち会いに来てくれるって。なにしろアイツ旦那のこと大好きなん…」だから、と言いかけたそのとき、「そうだ!!」と旦那が大声を出した。声だけで俺様の髪が反対方向へ向かってなびくぐらいの勢いだった。
「文を書けばよいのだ!!!」
「ふみ???」
「文だ!どうすれば政宗殿が今何をしているかをしれるかとずっとずっと考えていたが、文を書けばよいのだ。某が直接渡したいところだが佐助が烏に乗せてくれないのだから仕方がない。佐助」
「ちょ…ちょっと待って、旦那、まさか」
「うむ。文を持ってちょっくら奥州まで行って来てくれ」
「旦那『ちょっくら』とか言わない!!!」
「政宗殿によろしく頼むぞ」
「旦那ァ!!!!」
というわけで旦那が書いた文(書き終わるまでに3日くらいかかった)持って奥州来てみたのはいいものの、…やっぱ奥州筆頭の棲み家、警備も相当のモンだよね。まあ倒しちゃったけどさ…ごめんね、しばらくそこでおねんねしててね。あとであの右目にどんだけ怒られるんだかしらないけどさ、ま、そこは俺様が相手だったのが運の尽きってヤツかな。で、どこが龍の旦那の部屋なの?全ッ然わかんないんだけど…おんなじような部屋ばっかだし…もっときらびやかにしとくとかなんかしろよ。わかりにくいだろうが。あーイライラする。なんで俺様が龍の旦那のことで悩まなきゃなんないの…あーヤダヤダもうころしてやりたい。なんつってー。…はあ。……あ、
「みっけ」
枕元に降り立つとその瞬間がば、と音が聞こえそうな勢いでその男は起き上がりこちらを睨みつけて刀を抜いた。
「おーこわ。…安心しなよ。べつに寝首かきに来たわけじゃないからさ。まあ?あんな油断して眠ってたら寝首かかれてもしょーがないけどねえ…隙だらけだったよ、旦那」
「…ハッ…武田の忍かよ。しょーもねぇ…何しに来た」
「しょーもねえとは言ってくれるじゃない?べつに何しにもどうもこうもないよ。ウチの旦那からの頼まれごとしに来ただけ」
「真田の…?頼まれごと?ってなんだ」
「あーあーもう焦んないでよ…えーっとちょっと待ってねー…あ、あったあった。ハイ、これ。ウチの旦那からの文。渡してって頼まれたの。そんだけだから。ホラ」
「……文?真田が?」
「あーもう!何も毒とか仕込んでないよ!ウチの旦那がそんなことすると思う?俺様だってねえ、あんたのことは嫌いだけど旦那の書いた文に毒仕込んだりなんかしねーから、ホラ、いいから受け取んなって、そうしてくんないと俺様おうち帰れないんだわ。ホラ、早く!!」
「…おう」
「受け取ったね?よし、じゃあ俺様、任務完了―っと。んじゃ帰るわ。あ、ウチの旦那が龍の旦那によろしくって。じゃ、」
「ちょっと待て」
「は?」
「これはいわゆる…その…LoveLetterだろ?」
「らぶ…?いや、よくわかんないけど俺帰るからね」
「だからちょっと待てっつってんだろ。これがLoveLetterなら返事を書かねえとなあ…受け取っておいてほったらかしってのはCoolじゃないぜ。おい忍。おまえちょっとそこで待ってろ。今真田幸村にWrite to Letterするからよ。できたらそれ持って帰れ」
「はあ?!俺様にあんたの面倒まで見ろっての?!やだよ、帰るよ俺、返事はそっちの忍に頼みなよ。いるでしょ、あんたンとこにも忍の一人や二人」
「てめーが持って行きゃあ速いだろうが。真田だって返事は早く欲しいんじゃねえのか?」
「う…そりゃーそうかもしれないけどさ、俺だって暇じゃな、」
「じゃあ話は早いだろ。とにかくてめーはそこで待ってろ」
…俺様伝書鳩じゃないんだよ、とつぶやいたが男はもうまるで俺様なんて目に入ってないかのように文机に向かいなんだか見たことのないような形の、たぶん異国のものであろう筆記用具を出していた。きゅぽ、と音がする。
「…めずらしーね、それ。どこの?」
「あー?あー…ああ」