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コネタ。

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<兄と友と恋人>

俺は時々人に預けられた。理由を兄さんは言ってくれなかったけれど、自分の体のことだからなんとなく、わかった。内政が荒れていて、兄さんとしてはとても俺を国内に置いておけないと思ったからなのだろう。実際そういうときは息苦しいし、体もなんとなくだるかったように思う。俺の療養効果も狙っているのか、こういうときに預けられるその場所は酷く癒すことに特化した場所だった。それで具合がよくなるのかと言われれば若干の疑問が残るが、悪い気はしない。お風呂はバスタブが広くて泳げそうで。料理は美味しいし、見た目も綺麗に作られている。庭に面した場所に座れば心地よい風が吹くし、来る季節によって庭の様子が違う。自宅と大きく違うのはやはり、靴を履かない生活、床に直接座る生活だろうか。



「ルートヴィヒ君。桃食べますか?」
「・・・食べたい」

家主の声が聞こえる。兄さんが毛嫌いしている人と話し方は似ているのに、兄さんはこの家主のことは大好きなようだった。家主は白くて丸い果実を手に持って卓に座る。その兄さんを上回る包丁さばきが好きで思わず身を乗り出して皮を剥く様を見てしまう。

「はいどうぞ」
「うむ。・・・・美味しい、ありがとうキク」
「ああ、そういえば、ギルベルト君がそろそろお迎えに見えるそうですよ」

白いつるんとした果肉を頬張っていると家主、キクがぽつりと帰宅の接近を知らせた。

「本当に?・・・・すぐ、帰るのか?」
「おや。まさか、帰りたくないんですか?」
「そういうわけじゃない!ただ・・・なんというか・・」

俺にしたら、ここは心地がいい療養所のようなところで、自分の国が軽く戦場のようだった。隙を見せたら罠に嵌められ貶められる。俺の気に入りの傍付きも幾人かそうやって没落していった。そして兄さんも、

「兄さんが・・・あの家ではなんとなく、辛そうに見えるから・・・少しココにいたいなって・・・」
「・・ルートヴィヒ君・・・。やはり、違いますか?」
「キクは、確かに見たことが無いかもしれない。兄さんはあの家にいるときずっと怖い顔をしてる。笑うこともあんまりなくて、でもここに迎えに来てくれたときは気を緩めた顔をしてるから、ほっとする」
「ふむ・・・・。だそうですよ、『兄さん』」
「ルッツぅぅううぅッ!!!悪かったな、怖いお兄様だったな!もっと余裕出るように頑張るからよ、帰ろうぜ?このまま菊んちの子になったらヤだ!!」
「ッにいさ・・!!?」

キクの背後の襖からスパン、と見覚えがありまくる銀髪の青年、俗に言う『兄さん』が飛び出してきて卓を飛び越え抱きついてきた。なんだその身体能力の無駄遣い。慌てる俺を横目にキクはといえば自分で剥いた桃を包丁に刺して食べている。危ないぞ。

「こっちこそヤですよ。その子を欲しいといったら貴方と全面戦争じゃないですか。勝てません、師匠には」
「ったりめえだ!いくら可愛い弟子だっつってもやらねえ!絶対!!」
「ああ、でもそうすれば貴方の凛々しい顔も見れるんでしょうね。いつもココに来るときは緩んでるらしいですから」

口角を上げて目を細め、にんまりと笑う。兄さんはキクのこの笑い方が苦手なのか弱いのか、どちらからしくて、酷く困った顔をする。

「やめろよ、俺はお前となんて戦いたくねえ」
「おやおや、これはすみません。私だって貴方に刃を向けるなんて恩知らずなことはできませんよ」

卓の向こうのキクが身を乗り出す。兄さんもそれに合わせるように乗り出した。2人の顔が近づくのはわかるけれど、実際に何をしているのかこちらからは見えない。顔が離れてキクがサーモンピンクの頬を上げてふふふと笑う。兄さんもローズピンクの頬をしてケセセと笑った。なんなんだ一体。

「ところで、どうしますかギルベルト君。今晩1夜くらい泊まって行っては?」
「どーすっかなぁ・・・」
「お休みしていないのでしょう?ルートヴィヒ君に心配かけたらこの爺さんがただじゃおきませんよ」
「兄さん・・・!」
「・・・わかったよ。お前らのコンボには勝てねえ」

はあ、と溜息を吐く。兄さんが忙しいのは知っている、勿論、ここで時間を潰すことも出来ないほどに。けれど、ここにいるときの兄さんは幸せそうだから、これでよかったのだと自分の罪悪感に言い聞かせた。






「兄さん」
「んー、なんだ?」

キクの家の大きなバスタブ、というか、これはオンセンというものらしい、それに2人で一緒に入っているときのこと。俺は兄さんに長年の疑問をぶつけてみた。

「兄さんはどうして、あんなに菊と仲がいいんだ?」

ぶはッ、と隣で噴出する音がしたが気にしないことにする。

「アントンやフラみたいに一緒にふざけるわけでもないし、エリザみたいに付き合いが長いわけでもない。どうして?」
「そうだなあ。まずなんでお前があいつらを愛称で呼んでるのか明確に20字以内で答えられたら教えてやる。そしてあいつら今度ぶっとばす」
「あの2人に呼んで欲しいとせがまれたから」
「ジャスト20文字!さすが俺様の弟だなあルッツ!!」
「そんなのはどうでもいいんだ。教えては、くれないのか、兄さん」

いつもの俺にしては珍しく食い下がって見せると兄さんは考えたことねえな、とぼやいた。んー、と考え込む兄の横顔が湯のせいなのかなんなのか段々赤くなっていく。耳まで真っ赤になったころに俯いて口をもにょもにょ動かした。

「・・・兄さん、顔が赤いぞ」
「ぅえ!!?ふ、風呂のせいだろ!ここんちの風呂温度高いしよ!ほら、のぼせちまうから早く出ようぜ!!」

ざばあッと音を立てて兄さんが俺を湯船から抱き上げる。小脇に抱えて運ばれるように脱衣所の引き戸を開けるとキクがタオルを持って立っていた。兄さんがぐえ、とか変な声を出して立ち止まった。涼しい。

「おや、随分早いお上がりで。浴衣とタオル、持ってきましたからどうぞ使ってください」
「お、おう!ありがとな」
「・・・顔が赤いですね?なんのお話をしてたんです?」
「なッ、なんだっていいだろ別に・・」
「兄さんがキクと仲がいい理由を聞いたんだ」
「あ、おいこら!」
「理由・・・。ふふ、確かに顔が赤くなりそうですね」


意味ありげにくすくす笑うキクと困ったように誤魔化し笑いをする兄さんがこの時の俺には全く理解ができなかった。苛立つほどにわけがわからなかった。この後にぶすくれて兄を少しだけ困らせ、憂さを晴らしたのは言うまでもない。




それから、随分経って、俺も兄さんを見下ろすほどになった。今なら、わかる。嫌と言うほど。

「なあ、菊。今晩久々にシようぜー。それか今膝枕」
「どんな選択ですか。じゃあ膝枕で」
「菊のいぢわる!!」

はあ、と溜息をつくと、一応菊が気にかけたように俺が困っているというのを兄に指摘してくれる。

あの頃は知らなかった。菊が国だということも、この2人の関係も。
俺とイタリアと日本の三国で同盟を組むと兄に伝えたときによかったじゃないかと彼は破顔した。そのときはいまいち腑に落ちなくて実際に会った時にあの頃と何一つ変わらぬ姿で『キク』がいて、俺は大層驚いた。大きくなりましたねえ、と苦笑い気味言われたのを今でも覚えている。
作品名:コネタ。 作家名:桂 樹