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フリージア・中編

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かたん、と小さな音がして、レイは目を瞑った。
 シンが帰って来た音だ。
 俺を起こさないように気を使ってこそこそと動いているつもりなのだろうが、生憎俺は起きている。起きてはいるのだが、何も言わない。
 何故ならそれは、シンが俺に知られないようにと、懸命に隠しているからだ。


 それに気付いたのは10日ほど前だった。
 その日は初めてシミュレーションシステムを使用してのMS戦術の授業があった。
パイロット科は他の科に比べて生徒の絶対数が少ない。アカデミー入学試験で、かなりの人数が篩いにかけられる。選ばれた者だけが扱うことの出来るモビルスーツ。そして更に選ばれた者だけが、ザフト軍正規パイロットに成り得るのだ。
 その第一歩ということもあり、クラス全体が緊張感に包まれる中、教官からシステムの説明がされる。同一ステージでの五分間の戦闘シミュレーション。対戦形式では無い為、敵機僚機共にCPUとなる。各々が各シミュレーターに割り振られ、自分の順番を待ちながら目の前のモニターに映るクラスメイトの戦闘シミュレーションをぼんやりと眺めていたレイは、ざわざわとした空気に振り返った。
「ちょ、あれ誰だよ、すげえ…」
「うわ、何だよあれ…」
 信じられないという表情で話しているクラスメイトの視線の先にあるモニターには、まるでゲーム機でも操っているかのように片っ端から敵機が堕ちてゆく様が映し出されていた。僚機を確実にフォローし、次から次へと敵機を堕としてゆく。その反応速度と正確性は、見ているこちらが追いつかないほどだった。
 画面が切り替わり、シミュレーション終了画面に次いで映し出された判定結果に教室中が更にどよめいた。

 敵機撃墜確率99%
 自機被弾確率0.5%
 僚機被弾確率0%
 反応速度 SSS
 戦略性 B
 TotalLank SS

 教官を含め、その場にいた全員が注目する中、シミュレーターから何食わぬ顔でひょっこりと出てきたのは、やはり、シンだった。


 その夜、レイは珍しくなかなか寝付けずに浅い眠りを繰り返していた。
 昼間のMS戦術の授業でのことが頭から離れなかった。結局、シンの判定にざわついている中、続いてレイがS判定を出し教室内はどよめきから驚愕に変わったわけだが(S判定以上はレイとシンだけだった)、レイははっきりと悟っていた。この先自分がどんなに努力しようとも、MS操縦ではきっとシンには敵わないと。負けたとか悔しいとか、そういう感情は不思議と湧いてこなかった。
 突然変異の赤い目。特別編入。優性遺伝子…。
 ………ギル。
 
 ざわざわとした靄のようなものが思考回路に入り込んでくる。ギルの優しい微笑と、シンの照れたような膨れっ面が交互に浮かんでは消えて、眩暈がした。
 その時、何故ギルではなくシンだったのか。
 理由など無かった。シンの顔を見たいと思った。顔を見ればこの灰色の靄が晴れるような気がした。
 レイはゆっくりと体を起こし、隣で眠っているはずのシンにそっと視線を動かしたところで気付いたのだ。

 …シンがいない。

 結局シンが戻ってきたのは午前4時半を少し過ぎたころだった。
 そうっと部屋に入ってきたシンは、寝ている(ふりをしている)俺の目の前まで来て暫し立ち止まった後、足音を忍ばせてシャワールームに入っていった。
 レイはむくりと起き上がり、暗いままの部屋を見渡して当然とも言える疑問を抱いた。
(あいつは何をやっているんだ…)


 あれ以来ギルからは何の連絡もない。例の謹慎処分一連の時でさえ、だ。
 ギルの多忙ぶりは承知の上とはいえ、意味深なメールと共にシンを送って寄越しておいて放置プレイだ。…ギルらしい、と言ってしまえばそれまでなのだが。
 ギルの思惑通りなのか、計算外なのか、俺はしっかりシン・アスカという人間に巻き込まれていた。
 わかりやすい言葉を使うなら、ただの好奇心だった。ギルが興味を持ったのであろうシン・アスカという存在はどれほどのものなのかと。おとなしくて人見知りかと思えば、沸点は驚くほど低い。攻撃的かと思えば、従順だったりもする。くるくる変わる表情の5秒後、赤い瞳は何も映さない。こいつはいったい何なんだと思っているうちに目が離せなくなり、無意識のうちにシンの存在を探している自分がいた。
 念には念を入れてぐるぐる巻きに梱包したシンという箱の中身は、しまい忘れたほんの僅かな欠片を見つけて温めてやると、次から次へと欠片が零れ落ちてはきらきらと光を放ち、その歪んだ光線は美しく、酷く不安定で、そして孤独だった。

 俺の記憶は5歳以降のものしかない。何故かは…知らないし、知りたいと思ったこともない。推測するに、知って良かったと思えそうな材料が皆無だからだ。シンを見ていると、無くしたはずの記憶がふつふつと沸きあがってくる気がした。俺は知りたいのだろうか?

 いったい何を?
 俺はシンのその歪んだ光線に中てられたのだ。



「レイ、何か顔色悪いな。大丈夫か?」
 教室で頬杖をつきぼんやりと窓の外を見ていたレイは、心配そうな顔で覗き込んでくるシンをまじまじと見つめたあと、浅く溜息を吐いた。まさかお前が夜中に部屋を出てから戻ってくるまでの間眠れないからだと言うわけにもいかず、ああ、と短く答える。
「…ならいいけど………」
不安そうに眉を寄せるシンに言われるまでもなかった。明らかに俺は寝不足なのだ。

 その夜。
 そろそろと起き上がり、足音を忍ばせてシンが部屋の自動扉を閉める音を確認したきっかり10秒後、俺はむくりと起き上がり、部屋を出た。
 ひょこひょこと何の警戒もせず廊下を歩くシンの背中を追いながら、何故早くこうしなかったのだろうと本気で思った。シンには申し訳ないが、後をつけているという罪悪感はこれっぽっちも感じなかったのだ。
 階段を降り、角を二つ曲がり、シンは躊躇うことなくひとつの部屋に入っていった。深夜だというのにロックもされていないらしく、インターホンも押さずにまるで当たり前のように。これだけでも充分に驚くべきことだったが、その部屋の前に立ったレイは更に驚いた。これが女生徒の部屋だというならまだわかる。決して褒められた行動ではないが、シンに恋人のひとりやふたりいたとして何らおかしなことではないだろう。しかしここは男子寮内で、しかもそれはヴィーノとヨウランの部屋だったのだ。
 わざわざ俺が寝るのを待ってまで何故だ。何故俺に隠す必要がある。知られてまずいことでもあるのか?
 薄暗い廊下で暫し思考を巡らせていたレイは、はたと気付いた。
(…そうか、そういうことか)
 レイはくるりと踵を返すと、自室とは逆に歩き始めた。とてもじゃないが、このまま部屋に戻る気にはなれなかった。かといって他に行くところなどあるわけもなく、結局朝まで談話室で時間を潰した。自動販売機のジジジ…という音とぼんやりとした光の中で固いベンチに腰掛け、俺は一体何をしているのだと笑いが漏れた。
 全く気付かなかった自分が滑稽極まりない。まさか同じ部屋で寝るのも我慢ならないとはな。
(シンは余程俺のことが嫌いだったらしい)
作品名:フリージア・中編 作家名:いち