フリージア・中編
シンを起こさぬようにゆっくりと体を起こし、ベッドを降りて洗面所に向かった。鏡の前に立ち、両手をついて目の前に映る自分を見つめて大きく深呼吸をする。何度か繰り返してみても波打つような心臓の鼓動は大きくなるばかりのような気がして、レイは額を押さえた。
シンに触りたいと思った。
どうしてかはわからない、眠るシンが俺の名を呼び、その瞬間勝手に身体が動いてしまったのだ。心音がどんどん大きくなる。
どくどく、どくどく、どくどく。
「…っ」
苦しい、そう思った瞬間体中の力ががくりと抜けて、レイはその場に蹲った。
(な…んだこれは………)
立ち上がろうと思うのに体が全く言うことをきかない。それどころか胸がなにかに圧迫されるように押し付けられて呼吸さえまともに出来ない。
「は…っ、…っ」
苦しい、助けてくれ、
シン………
シン。
名前を呼ばれたような気がして、シンはぱちりと目を開けた。
隣にいるはずのレイの姿が無いことに慌てて飛び起きる。
「レイ!」
洗面所に倒れているレイを見つけたシンは、文字通り心臓が止まってしまうのではないかと思うほど驚いた。
「レイ、レイ!」
名前を呼んで体を揺さぶってみても全く反応はない。うつ伏せのままのレイの体を抱えるように抱き起こし、口元に手をかざしてシンは声にならない声を上げた。
(息、してない!)
どうして!いつから?
すぐに仰向けにレイを寝かせ、額に軽く手を当てもう片方の手で顎を上げる。気道確保をして鼻先に耳を近づけても呼吸は感じられなかった。
(レイ、レイ、レイ)
頭の中でレイの名前を何度も呼びながら、鼻をつまんで唇を合わせ2度息を強く吹き込む。胸の真ん中に両手を合わせて置き、マッサージを繰り返す。
必死だった。
目の前で大切な人が死ぬところなどもう二度と見たくもなかった。ぼたぼたと大粒の涙を零しながら人口呼吸と心臓マッサージを繰り返し、レイの唇から咳き込むような呼吸音がして、緊急連絡用の回線で駆けつけた教官に何故先に連絡をしなかったんだと怒鳴られて、その通りだと呆けたように思った。
だって、レイは俺が助けなきゃって、そう思ったんだ………。
教官に運ばれていくレイの背中をぼんやりと見つめながら、シンはぐいと涙を拭った。
「ああ、私の自宅へ。私もすぐに向かう。…それはなんとか調整してくれ」
受話器を置いたギルバートは、革張りの回転椅子に深く背を預けた。目を閉じ、一度大きく息を吸い込んで細く息を吐く。
大きすぎるデスクの一番上の引き出しから小さな小瓶を取り出し、噛み締めるようにひとり呟いた。
レイも、この運命を受け入れねばならぬ時が来てしまったようだよ、ラウ…。