月と金髪
「俺の生まれた島だけの習慣だったのかな。子どもの頃母親にさ、はやく怪我が治りますようにって、よくしてもらったんだ。そういや昨日ルフィにしてやったときも知らないって言ってたもんな」
サンジに舐めてもらったとルフィが今朝嬉しそうに言っていたことを思い出す。ルフィの右手をとって唇を寄せるサンジの姿が脳裏に浮かぶ。何故この男はこんな行為をほとんど無意識でやれるのだろうか。人に尽くすことで居場所を得て、そのことを何とも思わないなんてことを。
サンジはチューブに入った薬を指に絞りだして、丁寧にゾロの傷口に塗りこめている。粗い縫い目をそのままに残すささくれだった傷口が、サンジの体温の低い指で覆われていく。敵意を持たない他者の存在がこんなにも胸を疼かせる理由がわからない。わかりたくない。
「お前がまじないとか信じるわけないよな。神頼みなんて絶対しなさそうだもんな。・・・悪いな、変なことして」
サンジは薬を塗り終えて、チューブの蓋を閉じた。そしてゾロが言葉を発しようとするのを遮るように
「お前さ、俺嫌いだろ?」
と言って微笑んだ。挑戦するような、それでいてどこか縋るような視線にゾロは軽い眩暈さえ覚える。サンジの瞳にうつる淡い影が、窓からの光に照らし出されている。捕らわれれば負けだと感じ、ゾロは憮然とした顔で視線を逸らした。
それを肯定の意味だと理解したのか、サンジは黙って立ち上がると膝の埃を払い、格納庫を出ていった。がちゃりと再び、扉の閉まる乾いた音がする。
「ナミさ~ん!ところで今日の夕食はクリームシチューとシーフードカレーどっちがいいかな!?」
外の甲板にはさっそくコックの声が響き渡っている。今日も昼寝は諦めた方が良さそうだ、とゾロは考える。あの存在に慣れるまで、自分に昼間の安らかな眠りは訪れそうもない。
とりあえず夜の見張りはウソップにでも押し付けてやろうと思い、ゾロは大きく溜息を洩らした。