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声に出して伝えたい

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「馬鹿じゃないの?」

波江の言葉が耳に痛い。そんなこと言われなくたって分かっている。
臨也は吐き気がするほどの苦々しさを噛みしめながら、帰り支度をする女の背中を睨み付けた。
持っているナイフでずたずたにしてやろうと思ったが、優秀で自分に媚びない人間は貴重なため、
射殺しかねないほどの殺気を滲ませた視線だけで勘弁してやる。

「何よ、その目。馬鹿を馬鹿と言っただけでしょう?やくざから差し出された物を食べるからよ」

波江は鼻で嗤うと、バッグを肩にかけて髪をなびかせながら臨也に背を向ける。
そして最早臨也のことなど考えていないのだろう。すたすたと歪み無く出口まで歩いていく波江の背中に向かって臨也は声が出ない口で呟く。

『くたばれ』

その臨也の念が届いたのか、波江は一度止まると肩越しに振り返り臨也を見下したかのような笑みを浮かべた。

「帝人って書かれた手紙を見て食べるなんて貴方もそうとう焼きが回ったのね」

ご愁傷様、と告げた女にとうとう臨也はナイフを放ったが、波江がオフィスのドアを閉める方が早かった。
ナイフはそのまま行けば波江の脳天を直撃していたであろう位置で、ドアに突き刺さる。
室内に臨也の舌打ちだけの音が響いた。
波江の言うとおり、帝人という差出人より来た生チョコを食べたのがいけなかった。
帝人からの贈り物など初めてのことで、いつもなら怠らない確認をしなかったのがいけなかった。
そのチョコを食べた途端、喉が灼けるように痛み出し、のたうち回ったのは記憶に新しい。
チョコを唯一、ぎりぎり友というカテゴリーに含まれているのであろう闇医者に診せたところ、
硫酸塩が含まれていた、とのこと。本当にやってくれた、とその時ばかりは臨也は皮肉めいた笑いを零したものだ。
もちろん、ただでは起きない。チョコを送りつけてきた組織をあぶり出し、潰してやったのはつい昨日。
それでも臨也の苛つきは収まらない。声が出ない所為で、大切な恋人との約束をふいにしたのだ。
本来なら、今日、2人でのんびり話し合いながら、過ごせたはずの土曜の午後。それを自ら断った。
臨也は押し寄せてくる後悔の波をくぐり抜けながら、帝人に謝罪のメールを打った。
メールでのやりとりにあそこまで虚無感を感じたことなど今まであっただろうか。
どんなに文字で、顔文字で、伝えようとしても、声に勝るものは無いというのに。
むしゃくしゃとした気持ちのままPCの電源を入れてみたものの、メールだけで事足りる仕事内容なら良かったが、
生憎依頼は全て会話を必要としているものばかり。これでは好きな人間観察もできやしない。
苛つきが最高潮に達しようとしていたとき、今日はもう響くことのないオフィスの扉が開く音がした。

(あの女、何か忘れたのか・・・)

ちょうど良い、今度という今度はあのすまし顔ど真ん中にナイフを突き立ててやろう、と算段を立てていると、
顔を出したのは先ほど出て行った波江ではなかった。臨也の瞳が驚愕のために見開かれる。


作品名:声に出して伝えたい 作家名:霜月(しー)