声に出して伝えたい
「あ、良かった・・・臨也さん・・・こんにちわ」
ふわりと顔をほころばせ、青い来良の制服をまとった臨也の恋人、帝人がそこには立っていた。
てくてくと帝人は臨也のデスクの前にまで立ち、こてりと小首をかしげる。
「臨也さん、お仕事平気ですか?あ、あの僕で良ければお手伝いしますよ?・・・紅茶とか、コーヒーとかも煎れますし・・・」
はにかみながら訪ねてくる帝人に臨也は口を開閉させて、苦虫を噛み潰した顔をする。
そして顔を俯かせぎゅっと奥歯を噛みしめて、臨也は首を横に振った。
帝人は肩から提げていたショルダーバッグの紐をぎゅっと掴むと、それなら、と呟く。
「それなら、あ、あの僕宿題で分からないことがあって!臨也さんに聞きたいですけど・・・。
お仕事が終わってからでも良いので、ここにいさせてください」
平生の臨也であったなら、ここで飛びつくようにもちろん!と言ったであろう。
けれど、今は声が出ない。出すことができない。こんな状態、しかも陥った原因が情けなさ過ぎて、もし帝人に呆れられたりしたら。
臨也は胸にこみあげる圧迫感といいようもない吐き気に翻弄されながら、なんとか首を横に振った。
(今は、だめだ・・・声が戻るまでは・・・くっそ・・・!帝人くんが自分から甘えてきてくれているのにっ!)
心の中で何度も帝人に謝罪を繰り返す。以心伝心なんていう熟語があるが、そんなもの超能力者でもない限りできるわけがないことは臨也とて分かってはいる。
それでも念じられずにはいられない。ごめんね、と数度呟いたとき、思い切りデスクを叩く音がオフィス中に響き渡る。
臨也は驚いて顔を上げた。そして帝人の表情を見て、その瞳を瞠目させる。
「臨也さんっ・・・!ぼ、僕、臨也さんに何かしましたか!?嫌われるようなこと・・・しましたか!?
も、もししたのならっ・・・!いってくださっ・・・!直しますから・・・っ!だからっ、だからっ」
帝人は笑おうとしているのだろう、それでも後から後から溢れてくる涙に邪魔をされて、顔が歪にゆがんでいる。
臨也は殆ど無意識にそんな帝人に手をさしのべていた。抱きしめていた。
いつ椅子から立ち上がったとか、どうやって自分がデスクを回ったとか、記憶がない。
ただ、気がついたら帝人を抱きしめていた。帝人の頭に自分の頬をこすりつけさせる。
「臨也さん・・・?」
くぐもった帝人の声がとても近くに感じられる。臨也は一旦帝人を離すと、その涙で紅く腫れた瞼にそっとキスを堕とす。
「ぇ・・・」
驚いた帝人の顔に、臨也はふっと笑った。それは嘲笑や見下した笑みではなく、とても和やかな凪いだ笑み。
声が通じないのなら、せめて表情で、仕草で、安心させてやりたい。
臨也は帝人を愛おしそうな目で見つめると、そっと口を開いた。
そして殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。実直に、率直に、短い言葉を。
『愛している』
帝人の青い瞳が見開かれ、目尻にたまっていた涙が震えて、帝人の頬を伝って落ちた。
帝人は口をわなわなと震わせながら、臨也の肩に手を置く。
帝人の行動に臨也が小首をかしげた瞬間、ほんの一瞬、臨也の唇に柔らかいものが触れて、離れた。
「っ、僕も愛しています」
ふるふると震えているのはつま先立ちをしているから。自分のために、可愛らしいことをしてくれる恋人から告げられた言葉。
紅い顔のまま微笑まれ、臨也は息を詰めた。そんな帝人を臨也は抱き寄せると、今度は自ら唇を帝人の唇にあわせる。
言葉がいらないと言えるほど、どうかどうか、この熱い気持ちが伝わるようにと願いを込めて。
「臨也さん・・・」
合間に呟かれる自分の名前に歓喜しながら、何度も何度も触れるだけの甘いキスを帝人に送る。
帝人も臨也の首に腕を回し、臨也のキスに答えてくる。
漸く2人がキスを終えた頃には、お互いが肩で息をしていた。帝人は臨也を見つめながら、臨也の腕の服をぎゅっと掴む。
「臨也さん・・・好きです、好きです」
恋人からまっすぐに伝わる言葉に、臨也は目元をほころばせこくりと頷いた。
「俺もだよ・・・」
呟かれた言葉は、いつもよりも大分しゃがれ、とても小さかったが、紛れもなく臨也の声。
臨也自身が驚きで目を見開き、帝人も瞬きを数度繰り返す。
「え、臨也さん・・・」
「声、・・・俺の、俺の声だぁぁ!」
突然の臨也の声に帝人は目をぱちくりとさせながら、臨也を見つめている。
「あ、あはは、ははは!声が出る!出るよ!あぁ、帝人くん!帝人くん愛している愛している愛している!」
ガラガラな声だったが、臨也は気にすることなく後から後から溢れてくる心を言葉として声に出す。
その気持ちのまま帝人の腰に手を回し、片手を取るとその場で踊り始めた。
楽しくて、嬉しくてしょうがない。歌い出し、踊り出したい気分とは今正にこのことを言うのだろう。
「え?え!?臨也さん!?」
「ふふ!帝人くん大好きだよ!愛している!世界で誰よりも俺は君が好きなんだ!」
慌て驚く帝人をよそに臨也は言葉を紡ぐ。声に出して愛を伝える。
そんな臨也に帝人は1つ苦笑を零して、ふわりと花が綻ぶように笑った。
「僕だって、愛していますよ」
臨也はふふっと笑うと、もう一度帝人へとキスを送ったのだった。