夜空に昇る魚
ゾロの腕のなかで小さく震える体は本当に猫を思わせた。触ろうとすれば鋭い爪と牙で噛み付き、精一杯威嚇する。何分もしないうちに彼の腕を飛び出していってしまうに違いない。気まぐれに体を摺り寄せることさえ、この猫は知らない。
「てめぇでも泣いたりすんのか?そういうことで」
「ガキの頃だよ。ああいう思いするのは嫌だから動物はもう飼わないって決めたのに・・・」
「俺は動物かよ!」
「ああ、毛逆立ててる猫と大して変わらねぇな」
顔を上げてゾロを睨みながら、サンジはゾロの腕を跳ね除けることはしなかった。酒で僅かに上気した頬と顰められた眉がアンバランスな表情を形作っている。引き結ばれた唇を薄く開けサンジは何か言葉を零そうとするが、結局言わずに顔を伏せ、ゾロの胸のあたりに鼻を押し付けた。ゾロはそっと目の前にあるサンジの髪に触れた。それは滑らかな手触りで、思ったよりしっくりと彼の指に馴染む。
「俺やっぱちょっと酔ってるわ」
酒のせいだけではない擦れ声で、サンジはゾロの厚い胸に直接言葉を吐き出した。
「・・・たぶん朝になったら今夜のこと覚えてねぇと思う」
ぼそりとそう呟き、サンジは両腕をゾロの背中に廻す。遠慮がちに腕に力が籠もる。サンジの言葉には答えず、ゾロは黙って彼の髪に触れ続ける。
サンジが吹いた口笛の音がふとゾロの耳に蘇る。
それは天に昇る魚への祈りの歌のように、夜の海にいつまでも響いていた。