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コンビニへ行こう! 後編

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第三部:take1  嵐は接近中





夏といえば。
スイカ、かき氷、海、アイスクリーム、エトセトラ。風物詩は数多いがそのなかでもあまり歓迎されない風物詩の一つに台風がある。
「……大雨注意報」
臨也はインターネットの天気図を見ながら、ぶすっと頬をふくらませた。
現在東京には台風第一号が接近中であり、明日の朝……即ち帝人と一緒に朝御飯を食べることが出来る土曜日の朝に、関東を直撃する予報なのだ。
これは、非常に良くない。とても良くない。
臨也はふてくされた顔のまま大きくため息を付き、すでにごうごうと風の音が響く外の景色をぼんやりと見つめた。
出会って約半年が過ぎた。予定していたように順調にはいかないが、それでもなんとか最近は会話もスムーズだ。かと言って、臨也にとって想い人との歳の差はとても大きな壁である。ジェンレーションギャップというやつが、臨也と帝人の間にも堂々と居座っていた。
平たく言えば、帝人との会話に時々ついていけなかったりするのだ。
それなので臨也は特に、最近は必死になって会話をする機会を増やしていたのだけれども。
「台風かあ……台風、ねえ」
そんなものの為に、楽しみにしている朝の逢瀬を邪魔されるのはとても心外である。けれどもまさかずぶ濡れでコンビニへたどり着き、来ちゃったーなどと言うわけにも行くまい。そんなことをしたら帝人に呆れられてしまうこと請け合いだ。
その前にそもそも、台風直撃なのだから、帝人だってさすがに休むだろう。
大きくため息をついて、臨也は机にべしょりと顔をつけた。このところ毎週順調に会えていたので、余計に会えない週末が辛い。
臨也さん、と呼ぶ帝人の柔らかな声が、ふと微笑むふわりとした笑顔が、好きで好きでもうたまらないのだ。
「帝人君、嵐とか平気かな?怖くないかな」
むしろ怖がって電話でもしてきてくれないかな、などと思いつつ、臨也はもう一度大きく息を吐く。携帯電話を取り出して、ものすごく勇気を振り絞り、メールを開いた。
新規作成。
「明日台風だってね。ちゃんとバイトは休みかな?早く過ぎるといいね」
一時間ほど悩んだ末に、なんとか四苦八苦しつつ文章を打ち込み、なんども読み返して変なところがないかどうか確かめつつ、臨也はそのメールを送信した。
そして、さらに一時間ほど経ってから返って来たメールの返事に、「えええ!?」と思わず叫ぶことになるのだった。


『いや、普通にバイト行きますよ。店はお休みじゃないですし』




「ほんとに来るとかどうなってるの!?」
「いや、あの、臨也さんずぶ濡れですね」
「外すごい雨だよ!?」
「分かってますよ、えーっと、タオルあったかな」
翌日早朝のコンビニ。
暴風雨の中をずぶ濡れでたどり着いた臨也は、店内に帝人の姿を見つけて詰め寄った。なんでこんな危ない日に出てくるんだ!と怒りをにじませるが、帝人は平然としたもので、バックヤードからタオルを持ってきて臨也に渡す。
「だって、誰も出たくないって言うんですもん。お店休みにするわけにもいきませんし」
「休みにしろよ!」
「僕はただの店員なので無理です。ほら、臨也さんちゃんと拭いて」
「あ、うん、ありがと……君も素直に出てくるなよ!」
手渡されたタオルで髪を拭きつつ怒鳴った臨也を、こんな様子は珍しいなあと帝人が見返す。店内に人影は一つもなく、正真正銘二人きりなことに気づいて、臨也は思わず息を飲んだ。
え、何これなんてイベント!?
「き、君はどうやってここまで? 傘あっという間に折れたけど」
「臨也さん、世の中にはカッパという便利なものがあるんですよ」
「へ、へえ、カッパ……」
「まあダサいですけど」
明るく笑う帝人。きっと帝人が着るというのならば、ダサいカッパも可愛くなってしまうんだろうなと臨也は思った。ぎくしゃくと顔をそらし、帝人を横目で見つつ、臨也はだれもいない店内を改めて見渡す。
「て、店長は?いつも、いるよね?」
静まり返った空間に、自分の少し上ずった声が響いた。
「実は、夜番の店員を送りに行きました」
「え?」
「まあさすがにこの台風じゃ、マズいってなって。店長が店を閉めようって言ってたんですよ。僕は連絡を貰う前に早めに来ちゃったんです。それで、まだこんなに雨も強くない頃に、先に夜シフトの大学生を車で家まで送りに」
「じゃあ帝人君、今一人なの!?危ないじゃないか」
「本当は帰っていいよって言われたんですけど……店長、店の鍵をかけないで出て行っちゃって。さすがに無人にするのはどうかなって」
店長のバカ!アホ!マヌケ!でもありがとう!
臨也は心のなかで、時々臨也をかわいそうなものを見る目で見てくるオジサンに手を合わせた。いくら慌てていたとはいえ、店に鍵もかけずに高校生バイト一人を残して外出だなんて、店長として失格もののミスだが、そのおかげで二人きりの今があるのだと言うのならば密告はすまい。
むしろよくやった!
「じゃ、じゃあ、帝人君の独断で今、こうして?」
「一応携帯で知らせてはおきました。できるだけ急いで帰るっていうので留守番です。……本当は、僕もさすがに一人じゃ怖いし、嫌だなあって思ったんですけど」
まさかこんな日に強盗なんかは来ないだろうけれど、それでもやっぱり一人きりだと怖い。暴風に飛ばされた危険物がガラスにぶつかったりしたら大変だし、業者さんとかが来ても帝人では対応できない。そりゃ、出来るものなら帰りたい、けれど。
「でも、臨也さん来るかなって思ったから」
「え?」
苦笑交じりの帝人が、そんなことを言って臨也を見上げる。
にこりと微笑まれて、臨也の胸がどきりとはねた。帝人はその天使のようなほほえみのまま、澄み渡った声がまるでファンファーレのように臨也の耳に……



「臨也さん、僕のこと心配して来てくれるかなって、思ったから……大丈夫かなって」



だれか!
この子に!
それを天然たらしというのだと教えてやってくれ!
臨也は照れたように笑った帝人になんと答えていいのかさっぱりわからなくて、盛大にうろたえた挙句に言葉なくその場にしゃがみこんだ。この攻撃を受けて平然としてろとか無茶は言うな。そんなのどれだけ鋼のハートを持っていたって無茶だ。
俺が来るから大丈夫って、なんだそれ!
俺は一体、帝人君のなんなんだ!?
「臨也さん、どうしました?床に何か落ちてます?」
「い、いいいいいや、あのほら、水滴が!」
「いいですよ、あとでモップで拭きますから。ほっといても」
帝人はあれだけ破壊力のある言葉を吐いておきながら、まるで平然としている。無自覚なのか、あの言葉が。それはそれでとても恐ろしいことではなかろうか。
少しは、俺を、頼りにしてくれたって、こと?
臨也は震える手を握り締めながら考えた。そういう事だと思っていいのだろうか、先ほどのあの言葉は。だとしたら、なんて、喜ばしいんだろう。
「店長が近くまで戻ったら電話するって言ってたので、電話がきたら帰れますから、心配しないでくださいね」
「う、うん……送って行っても、いいかな?」
「臨也さん変なところ頑固だから、そう言うんじゃないかなって思ってました」
くすりと笑った帝人の顔がみたくて、臨也は顔を上げる。帝人はレジから出てきて、そんな臨也がかぶっていたタオルを手にとった。
作品名:コンビニへ行こう! 後編 作家名:夏野