FATE×Dies Irae 1話-4
「やれやれ、すっかり遅くなったな」
弓道場の施錠を済ませ、衛宮士郎はくたびれた溜息とともに夜空を見上げた。
今の今まで、慎二に頼まれ、一人弓道場の掃除を行っていたのだ。
時計はもう夜の九時を回っていた。
「さてと」
鞄を肩に担ぎ直しながら、そそくさと足早に校門を目指す士郎。
別段これから何か用事があるわけではないが、こんな時間まで無断で居残っていたことが教師に知れては、何かと面倒なことになる。
明りも絶え、すっかり夜闇に沈んだ校内を、士郎は慎重に進んでいく。
流石にこの時間にもなると、校内はシンと静まり返――
――ガキンッ!
「ん?」
金属同士を激しく叩きつけたような騒音が、不意に士郎の耳朶をつんざいた。
(何だ?)
途切れることなく立て続けに響き渡る金属音に誘われ、士郎は足の向きを変える。
音は校庭の方から響いていた。
何事か確かめるべく、士郎は校舎の影から校庭へと身を覗かせ――そして、それを見た。
夥しく弾け散る火花に照らされ、拳と刃を交わす人ならざる者たちの姿を。
◆◆◆
戦場を屋上から校庭へと移し、二人のサーヴァントは熾烈な死闘を繰り広げる。
もっとも、状況はすでに戦闘と呼べるようなものではなくなっていた。
疾風のごとく放たれるアーチャーの斬撃はことごとくランサーを斬りつけ、逆にランサーの攻撃はそのすべてが空を切っている。
傍から見れば、状況はアーチャーのワンサイドゲームに映るだろう。
だが実際はまさにその逆。
「くっ……!」
振り下ろされた掌底の一撃を掻い潜り、後方へと跳躍。
今一度距離を置いて対峙するアーチャー。
「気はお済みになられましたか?」
幾百幾千という斬撃をその身に浴びてなお、対峙するランサーは余裕の笑みを消さなかった。
表情には出さぬまま、アーチャーは内心でほぞを噛む。
全身、ありとあらゆる箇所に攻撃を試みてみたが、結果はすべて同じだった。
敵は無傷。この男に急所と呼べる場所はない。
(何とも厄介な話だ)
こと戦闘において何よりも恐ろしいのは、こちらの攻撃が相手にまったく通用しないことだ。攻撃が通じぬとあっては、どんな策も用を為さない。
「おやおや、先ほどまでの威勢はどこに行きました?」
「抜かせ!」
一喝と同時、神父目がけて、ブーメランのごとく双剣を投げ放つ。二刀は弧を描きながら、左右から挟み込むように神父へと迫る。
「やれやれ、無駄なことを」
仁王立ちの姿勢のまま、呆れの吐息を漏らす神父。
双剣はそれぞれ神父の両肩へと着弾し――刹那、内側から木端微塵に破裂した。
「これは――!?」
神父の驚愕が、響き渡る破砕音に呑み込まれる。
衝撃波によって巻き上げられた校庭の砂塵が、アーチャーとランサー、互いの姿を覆い隠す。だがそれも一瞬。吹きすさぶ風が巻き上がった砂塵を吹き散らし――
「――I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)」
「!?」
眼前にて弓を構えるアーチャーの姿に、ぎょっと目を剥く神父。
弓につがえられし矢は、ドリルのごとく捻じれた一本の剣。
「カラドボルク(偽・螺旋剣)!」
ゼロ距離からの宝具の一撃が、神父の顔面へと炸裂した。
弾け散った爆光が、束の間夜の闇を拭い去る。
爆裂するその破壊力は、先の双剣の比ではない。
アーチャー自身も巻き添えを食らい、その身を深く傷つけられながら、爆風を利用してどうにかその場から離脱する。
「アーチャー!」
屋上から校庭へと駆けつけた凛が、満身創痍のアーチャーに対し、悲鳴じみた叫びを投げる。
「掠り傷だ。問題ない。それよりも――」
アーチャーは厳しげな視線を正面へと据える。
そこには、先と変わらず悠然と佇むランサーの姿。
額から滴り落ちる一筋の鮮血。それだけが捨て身の一撃のもたらした成果だった。
「――っ……! 化け物め……!」
忌々しげに奥歯を噛み鳴らす。今の一撃は彼本来の宝具を除けば、最大威力の攻撃だった。それを駆使してなお、負わせた手傷は掠り傷一つだけ。
でたらめにも程がある。
だがアーチャーの焦りとは裏腹に、ランサーがその面に浮かべたのは、掛け値なしの称賛だった。
「いやはや、実に、実に、実に素晴らしい。誇りなさいアーチャー。この聖餐杯に傷をつけたのは、あなたが初めてです。流石は流石、聖杯によって選ばれた英雄だけのことはある」
「その身体を傷つけられるのは、もう一人いるのでは無かったのか?」
「ええ。ただし、あくまで机上の空論です。我らが黒の大隊長が、ハイドリヒ卿に弓引くことなどあり得ませんよ」
「……なるほど。教会だけでなく協会や表の世界からも目をつけられるだけのことはある。どうやら聖槍十三騎士団というのは化け物揃いのようだな」
「これは心外な。化け物というのは我らが首領副首領閣下と、大隊長御三方のことを言うのです。あの五人と同列に扱われるなど冗談にしても性質が悪い」
アーチャーの皮肉に、ランサーは気を悪くしたように眉を寄せる。
「……凛。ひくぞ」
「……ええ」
アーチャーの進言に、凛も素直に頷いた。
現段階においてランサーを仕留める方策が無い以上、これ以上の戦闘は無意味だ。
あるいは宝具を駆使すれば勝機はあるだろう。だが聖杯戦争はまだ始まったばかりであり、他のマスターがどこで見ているかも知れない状況下で最大の切り札を開陳することは 流石に躊躇われる。
「おや、いやしくも英雄ともあろう御方が、尻尾を巻いて逃げるのですか?」
「戦術的撤退よ! 馬鹿みたいに突っ込むだけなら猪だってできるわ!」
「はは、これはごもっとも。戦況を正しく見極め、時には苦渋を呑んで退く勇気も、戦士には必要なものです。ええ、ですからあなたがたの決断は正しい。が、あなたがたもこのまま私に手札の一つも切らせないまま退くのは業腹でしょう。ゆえに――ご覧に入れましょう。我が宝具を」
ランサーは邪なる笑みを浮かべ――
――親愛なる白鳥よ
「――っ!?」
「なっ……!?」
口訣一句。
ただそれだけで、尋常ならざる悪寒がアーチャーと凛の背筋を駆け抜けた。
――この角笛とこの剣とこの指輪を彼に与えたまえ
神父の身体から膨大な神気が噴き上がる。
――この角笛は危険に際して彼に救いをもたらし
この剣は恐怖の修羅場で勝利を与えるものなれど
この指輪はかつておまえを恥辱と苦しみから救い出した
「くっ……!」
身体の芯から込み上げる悪寒に突き動かされるまま、アーチャーは素早く呪文を唱え、己が最強の盾を構築していく。
――この私のことをゴットフリートが偲ぶよすがとなればいい
「私の背に隠れろ凛!」
「!」
そして――
「創造(Briah)――神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士(ヴァナヘイム・ゴルデネ・シュバーン・ローエングリーン!」
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」
神父の身体を突き破り黄金の神槍が放たれたのと、掲げられたアーチャーの手に蓮の盾が展開されたのは同時だった。
飛来する金色の槍が、虚空に花開く七つの花弁に突き刺さる。
弓道場の施錠を済ませ、衛宮士郎はくたびれた溜息とともに夜空を見上げた。
今の今まで、慎二に頼まれ、一人弓道場の掃除を行っていたのだ。
時計はもう夜の九時を回っていた。
「さてと」
鞄を肩に担ぎ直しながら、そそくさと足早に校門を目指す士郎。
別段これから何か用事があるわけではないが、こんな時間まで無断で居残っていたことが教師に知れては、何かと面倒なことになる。
明りも絶え、すっかり夜闇に沈んだ校内を、士郎は慎重に進んでいく。
流石にこの時間にもなると、校内はシンと静まり返――
――ガキンッ!
「ん?」
金属同士を激しく叩きつけたような騒音が、不意に士郎の耳朶をつんざいた。
(何だ?)
途切れることなく立て続けに響き渡る金属音に誘われ、士郎は足の向きを変える。
音は校庭の方から響いていた。
何事か確かめるべく、士郎は校舎の影から校庭へと身を覗かせ――そして、それを見た。
夥しく弾け散る火花に照らされ、拳と刃を交わす人ならざる者たちの姿を。
◆◆◆
戦場を屋上から校庭へと移し、二人のサーヴァントは熾烈な死闘を繰り広げる。
もっとも、状況はすでに戦闘と呼べるようなものではなくなっていた。
疾風のごとく放たれるアーチャーの斬撃はことごとくランサーを斬りつけ、逆にランサーの攻撃はそのすべてが空を切っている。
傍から見れば、状況はアーチャーのワンサイドゲームに映るだろう。
だが実際はまさにその逆。
「くっ……!」
振り下ろされた掌底の一撃を掻い潜り、後方へと跳躍。
今一度距離を置いて対峙するアーチャー。
「気はお済みになられましたか?」
幾百幾千という斬撃をその身に浴びてなお、対峙するランサーは余裕の笑みを消さなかった。
表情には出さぬまま、アーチャーは内心でほぞを噛む。
全身、ありとあらゆる箇所に攻撃を試みてみたが、結果はすべて同じだった。
敵は無傷。この男に急所と呼べる場所はない。
(何とも厄介な話だ)
こと戦闘において何よりも恐ろしいのは、こちらの攻撃が相手にまったく通用しないことだ。攻撃が通じぬとあっては、どんな策も用を為さない。
「おやおや、先ほどまでの威勢はどこに行きました?」
「抜かせ!」
一喝と同時、神父目がけて、ブーメランのごとく双剣を投げ放つ。二刀は弧を描きながら、左右から挟み込むように神父へと迫る。
「やれやれ、無駄なことを」
仁王立ちの姿勢のまま、呆れの吐息を漏らす神父。
双剣はそれぞれ神父の両肩へと着弾し――刹那、内側から木端微塵に破裂した。
「これは――!?」
神父の驚愕が、響き渡る破砕音に呑み込まれる。
衝撃波によって巻き上げられた校庭の砂塵が、アーチャーとランサー、互いの姿を覆い隠す。だがそれも一瞬。吹きすさぶ風が巻き上がった砂塵を吹き散らし――
「――I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)」
「!?」
眼前にて弓を構えるアーチャーの姿に、ぎょっと目を剥く神父。
弓につがえられし矢は、ドリルのごとく捻じれた一本の剣。
「カラドボルク(偽・螺旋剣)!」
ゼロ距離からの宝具の一撃が、神父の顔面へと炸裂した。
弾け散った爆光が、束の間夜の闇を拭い去る。
爆裂するその破壊力は、先の双剣の比ではない。
アーチャー自身も巻き添えを食らい、その身を深く傷つけられながら、爆風を利用してどうにかその場から離脱する。
「アーチャー!」
屋上から校庭へと駆けつけた凛が、満身創痍のアーチャーに対し、悲鳴じみた叫びを投げる。
「掠り傷だ。問題ない。それよりも――」
アーチャーは厳しげな視線を正面へと据える。
そこには、先と変わらず悠然と佇むランサーの姿。
額から滴り落ちる一筋の鮮血。それだけが捨て身の一撃のもたらした成果だった。
「――っ……! 化け物め……!」
忌々しげに奥歯を噛み鳴らす。今の一撃は彼本来の宝具を除けば、最大威力の攻撃だった。それを駆使してなお、負わせた手傷は掠り傷一つだけ。
でたらめにも程がある。
だがアーチャーの焦りとは裏腹に、ランサーがその面に浮かべたのは、掛け値なしの称賛だった。
「いやはや、実に、実に、実に素晴らしい。誇りなさいアーチャー。この聖餐杯に傷をつけたのは、あなたが初めてです。流石は流石、聖杯によって選ばれた英雄だけのことはある」
「その身体を傷つけられるのは、もう一人いるのでは無かったのか?」
「ええ。ただし、あくまで机上の空論です。我らが黒の大隊長が、ハイドリヒ卿に弓引くことなどあり得ませんよ」
「……なるほど。教会だけでなく協会や表の世界からも目をつけられるだけのことはある。どうやら聖槍十三騎士団というのは化け物揃いのようだな」
「これは心外な。化け物というのは我らが首領副首領閣下と、大隊長御三方のことを言うのです。あの五人と同列に扱われるなど冗談にしても性質が悪い」
アーチャーの皮肉に、ランサーは気を悪くしたように眉を寄せる。
「……凛。ひくぞ」
「……ええ」
アーチャーの進言に、凛も素直に頷いた。
現段階においてランサーを仕留める方策が無い以上、これ以上の戦闘は無意味だ。
あるいは宝具を駆使すれば勝機はあるだろう。だが聖杯戦争はまだ始まったばかりであり、他のマスターがどこで見ているかも知れない状況下で最大の切り札を開陳することは 流石に躊躇われる。
「おや、いやしくも英雄ともあろう御方が、尻尾を巻いて逃げるのですか?」
「戦術的撤退よ! 馬鹿みたいに突っ込むだけなら猪だってできるわ!」
「はは、これはごもっとも。戦況を正しく見極め、時には苦渋を呑んで退く勇気も、戦士には必要なものです。ええ、ですからあなたがたの決断は正しい。が、あなたがたもこのまま私に手札の一つも切らせないまま退くのは業腹でしょう。ゆえに――ご覧に入れましょう。我が宝具を」
ランサーは邪なる笑みを浮かべ――
――親愛なる白鳥よ
「――っ!?」
「なっ……!?」
口訣一句。
ただそれだけで、尋常ならざる悪寒がアーチャーと凛の背筋を駆け抜けた。
――この角笛とこの剣とこの指輪を彼に与えたまえ
神父の身体から膨大な神気が噴き上がる。
――この角笛は危険に際して彼に救いをもたらし
この剣は恐怖の修羅場で勝利を与えるものなれど
この指輪はかつておまえを恥辱と苦しみから救い出した
「くっ……!」
身体の芯から込み上げる悪寒に突き動かされるまま、アーチャーは素早く呪文を唱え、己が最強の盾を構築していく。
――この私のことをゴットフリートが偲ぶよすがとなればいい
「私の背に隠れろ凛!」
「!」
そして――
「創造(Briah)――神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士(ヴァナヘイム・ゴルデネ・シュバーン・ローエングリーン!」
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」
神父の身体を突き破り黄金の神槍が放たれたのと、掲げられたアーチャーの手に蓮の盾が展開されたのは同時だった。
飛来する金色の槍が、虚空に花開く七つの花弁に突き刺さる。
作品名:FATE×Dies Irae 1話-4 作家名:真砂