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その声も、唇も

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 時間にすればほんの数秒のことだったけど、そろそろ限界と言わんばかりに日吉の手が引き離しにかかってきたので、ジローは自らキスをやめて離れていった。
「……ジローさん」
「えへへ。歌っているとこを見てたらさー、すげーキスしたくなったのー」
「だからって……。やめてくださいよ、こういう場所で……」
「そっか。分かった」
 こういう場所でなければ構わないんだな、と。そう前向きに解釈したジローは素直に引き下がることにした。ごねて不機嫌にさせてしまっては元も子もない。せっかくの休日も台無しである。
 あっさりと引き下がったジローのことを、日吉は少し怪訝そうに眺めている。やめろと言っておいてその顔はないだろうと思うが、今は嫌われていないことを喜ぶとしよう。
「あ、そうそう。話を戻すけど、ひよの歌声は本当に綺麗だったよ」
「綺麗って……」
「自分ではよく分からないからね〜。もう着ボイスにしたいくらい。もしくは目覚まし?」
「やめてください。恥ずかしい」
「アハハ!」
 本気で恥ずかしがって瞳を反らす日吉が、ジローの世界の中では間違いなく一番だった。
 どんなヒットソングも、どれだけ評判のいいラブストーリーも、彼の歌声の前には裸足で逃げ出していく。何故なら、それらではジローの眠りを促すことしかできないからだ。
 もっと聞いていたいと思わせる力を持つ日吉の歌を、他の誰にも聞かせたくないと思った。
「慣れちゃえば歌えるようになるって、さっき言ったけど」
 日吉の腕に、ジローは自分の腕を絡ませる。正しい恋人同士の姿のように。
「やっぱり訂正。ひよは、俺以外の誰かの前で歌っちゃダメ」
 絡んだ腕の持ち主の、「何故?」と、問いただすような視線が降りてくる。
「他の誰にも聞かせたくないからね」
 その声も、唇も。すべて独占してしまいたい。もったいなさ過ぎるから、ほんのわずかでさえもあげたくない。
 ジローの強い独占欲にまみれた台詞を聞かされた日吉は、ふぅ、と小さく息を吐き出してから、少し捻りを加えた質問をしてみた。それは、容易な気分だけで頷きたくないという、防衛行為みたいなものだった。
「俺のメリットはなんですか?」
 我ながら可愛げのない質問だと思ったけれど、ジローは大きな瞳を数回瞬いてから、ニヤリと笑ってみせた。
「ひよが歌っている間は、必ず起きているよ、俺」
「……なるほど」
「絶対、眠らないからさ」
 一度眠りに落ちたら、なまなかなことでは起きないジローを、日吉は知っている。確かにメリットには違いない、かもしれない。微妙なラインではあるけれど。
「……じゃあ、これからは歌の練習にも付き合ってくださいね?」
「おう! テニスでも歌でも、なんでも付き合ってやるよ!」
 紛れもないジローの本気は、狭い範囲限定で発揮される。けれど、その本気を引き出せる相手は稀有だった。

   *

「で? どうだったんだよ?」
 チケットを寄こした張本人である跡部は、昨日の成果をジローに聞いてきた。
「もう、バッチリ! ラブラブ! ……それは言いすぎかもだけど、ひよも楽しんでくれたよ」
「まぁ、そうみてぇだな」
 コート上へ視線を向ける先には、息抜きができていい感じにリラックスしている日吉の姿があった。ラケットを振る仕草も軽やかで、変に力むこともない。
「いつも悪いなー、ホント」
「お前らが試合で勝てば、どうでもいいさ」
 そのための労力なら、跡部はなんだって惜しまないのだ。さらりとそんなことを言う彼は格好いいけれど、同時にハードルも上げてくるあたりが憎たらしい。
「へいへーい。じゃ、俺も練習するよ。ひよとも約束したからね」
「……お前を眠らせないってことに関してなら、アイツは俺様の上を行くだろうな」
 珍しいことを言った跡部に一瞬だけ目を丸くし、ジローはニッと唇の端を持ち上げた。
「そうだね。ひよは俺の世界一だからね」
「あーん?」
 なんだ、それはと怪訝そうに眉を顰める跡部に笑いかけ、ジローは練習のためにコートへ入っていく。
 まだ誰も知らない。跡部も知らない。ジローだけの秘密。
 絶対に眠らせない力を持っている日吉は、間違いなく、世界最強の恋人なのだ。



作品名:その声も、唇も 作家名:ハルコ