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(3章)


 日常の中に変化を探していた彼だからこそ、非日常を引き寄せてしまったんだろうか。或いは当の本人が望んだのか。
 もしその渦中で不幸になるとしても、それが本当に不幸なのかどうかは、彼にしか分からないのだ。





「竜ヶ峰、」

 放課後の教室。日直の仕事で職員室へ行った美香を待っている間、自分の机に寄りかかって携帯をいじっていた。少し離れた席では、もう一人の日直である竜ヶ峰帝人が日誌を書いている。夕焼けが差し込む教室には、他に生徒の姿はなく、半分中途半端に開けられた窓から校庭で部活に勤しむ生徒たちの声が遠く聞こえる。それに混じって、時折金属バットの響く音。野球部だろう、部活にすべてを捧げるという考えは俺には理解できないが、そういう生き方もありだと思う。ちょっと前までの俺は、こういう考え方をしなかった。興味がないものは自分の世界から完全にシャットアウトして、世界には俺と彼女のふたりだけがいればよかった。でも無意識にこういう考えに至る辺り、俺も少しずつ変わってきてるんだろう。そこには彼が多少なりとも関わっているのも事実だった。

「もうすぐ終わるよ、矢霧君。張間さんももう戻ってくる頃じゃないかな」

 敢えて近づくのもおかしいかと、距離を取ったままで声を掛けると、美香を待つ俺が痺れをきらしたと思ったのか、竜ヶ峰は内容を尋ねる前に日誌から顔をあげて穏やかに答えた。そういう意味じゃなかったんだが、そういえば変わったといえばこいつもだな、と不意に思う。もちろん、入学したての頃こそ、俺と彼女の間を裂く敵だと思い込んで一方的に敵視していたこともあるが、すぐに誤解だということは判明した。以降も幾つか事件性のある騒ぎが重なって、その渦中に巻き込まれていたようだが、彼女と自分のこと以外に興味がなかった身としては詳しくは知らない。一連の騒ぎが沈静化し、俺の方も美香と付き合うようになってからは、彼のことも当時とは違う目で見ることができるようになっていた。ひとりのクラスメイトとして、ひとりの友人として、時々話す機会があったが、そうやって視点を変えると、色々なことが見えてくる。ただ平凡なだけだと思っていた普通のクラスメイトが、実は誰よりも普通という言葉とかけ離れたところにいた、とか。

「いや、そうじゃない。お前のことだ」
「僕?」
「お前、変な知り合い多いだろ。また何か巻き込まれてるんじゃないのかって」

『首』に愛情を注いでいる自分が言えたことでもないのかもしれないが、竜ヶ峰は驚いたように一瞬目を丸くして、それから楽しそうに声をあげて笑った。話したくないのか、ただ触れられたくなくてかわしているだけなのかは分からない。ただ、声は明るくても目が笑っていない。信用されていない所為だとは思わないが、言外に関係ないだろうと跳ね除けられるのは気に食わない。親しいわけではないのだし、自分と彼女以外どうでも良いのだからそのまま放っておけばよかったんだろうけど、どうしてだろう、自分でも分からないが声をかけていた。なんとなく放っておけない。竜ヶ峰にいつもくっついている違うクラスの金髪の奴にでも毒されたかな。

「矢霧君が心配してくれるとは思わなかったなあ」
「はぐらかすなよ。最近よく折原臨也って奴と一緒に居るだろ?以前姉さんがあいつは厄介だと言ってた。お前も利用されてるんじゃないのか?」

 お節介は承知の上。俺だって、どうして自分自身がこんなにこいつに構ってしまうのかわからないんだから。でも、もし敢えて理由をあげるとするなら。

「…大丈夫。臨也さんは、良い人だよ」

 その表情が、まるですべてを承知して受け入れているように見えたからだ。言われなくてもちゃんとわかっているから、わかった上で一緒にいるから、心配してくれなくても大丈夫だ。そう聞こえた。
 俺は勘違いしてたのかもしれない。上京したてで何も知らない高校生をその男が誑かして、こいつはただ一時しのぎに遊ばれ利用されているだけだと思い込んでいた。それが事実だとしても、そこにこいつの感情があるなんて思いもしなかった。そうなると今度は別の疑問が湧き上がる。利用されていることがわかっていながら、どうしてこいつはそれを甘んじて受け入れているんだ?

「全部知っていてそばにいるって口ぶりだな。なんでそこまであいつに肩入れするんだ?」

 悟りを開いた禅僧じゃあるまいし、自分の感情を押し殺して、辛い思いをすることがわかっていて、そいつを受け入れる理由がどこにある。そんなもの、一介の高校生には過ぎたシロモノだ。そんな奴に関わらなくとも、幸せに、なれるのに。

「…矢霧君は鋭いですね。そんなこと言われたの初めてです」

 観念したように軽く息を吐いて、竜ヶ峰は苦笑した。さっきまでの表情とはぜんぜん違う。俺を信用して零された正直な感想なのだとわかった。同時に確信する。俺の考えが間違っていなかったこと。竜ヶ峰は、色々な事件に巻き込まれ、立場を追い込まれ、傷つけられ振り回されても、折原臨也に関わり続けることを自ら選んでいたのだと。

「ウチの会社がなくなって、姉さんが失踪したとき、俺は自分のことで手一杯で深く考えてはこなかったけど、本当はずっとあの男が関わってたんだろ。その件だけじゃない、彼女の首を巡る事件の影にはいつも、折原臨也がいた」
「……そう、ですね」
「俺はお前が何者なのかは知らない。俺の知ってる竜ヶ峰帝人は、ただのクラスメイトだ。だからただのクラスメイトとして言わせてもらう」

 自分でもどうしてこんなにこいつに肩入れしているのかわからない。でも竜ヶ峰の表情を見ていたら、こうしなければいけない気がして。作られた笑顔で強張った表情の裏側に、本当はつらいんだ苦しいんだと叫んでる本心があるなら、それを表に出せずにいるのなら、外から引っ張ってやらないと。ずっと眠り続けていた彼女を見てきた所為なのか、こいつにこんな顔をさせたままではいけないと思った。

「もう、折原臨也に関わるな。お前が傷つくことになる」

 姉さんが、一研究者としての範疇を超えた動きをとっていたのは知っている。会社の人間を使って表沙汰にはできないことをしてきたことも。報いを受けたのかもしれない、ってことも。でも、こいつは違うだろ。ただの高校生のこいつにこんな顔させるなら、それは愛ではないだろ。
 そこまで考えてはっとした。考えもしなかった結論。折原臨也は竜ヶ峰を特別に思ってるのか?どんなに利用して、傷つけても、使い捨てにはしない、近づくことをやめないのは、奴の歪んだ愛情なんじゃないのか。もしかして竜ヶ峰はそれを分かっていて、

「矢霧君の言うことは、正しい。臨也さんと一緒にいればいるほど、僕は不幸になると思います。それでも」

 まるで俺の考えを読んだかのように、竜ヶ峰はぽつりと呟いた。諦めとも悲しみとも違う、淡々と事実だけを告げるように。俺は堪らずに机の間を縫って竜ヶ峰の傍へ移動した。日誌を書く手を止めて窓の外を見る。視線を追うように外に目を向けると、見下ろした正門に件の男、折原臨也が立っているのが見えた。もう、逃げ場すら無いっていうのか。

「迎えが来てますね。張間さんが戻ってきたら帰りましょう」