ぐちゃぐちゃ
臨帝・波帝方面
帝人の喉が動くのを見ながら臨也は何とも言えない気分になる。
たったの一ヶ月、人が変わるのに十分な時間なのだろうか。
(それにしても)
行儀のいい猫のようにミルクを舐めていた帝人がこうも変わってしまうのは誰かの手によるものだろう。
苛立ちのまま帝人の額を臨也は小突く。
「なんです」
「誰に教えてもらったの?」
「上手くなりました?」
「そうだね」
苦々しく臨也は肯定する。
「耐久力をデータ化して送り届ける使命が果たせそうですね」
「誰にだよっ」
思わずツッコミをいれる臨也に「狩沢さんに」となんてことないように答えられる。
帝人の口から「狩沢」と名前があがることは少なくない上に結構致命的な内容が多い。
(池袋にいる強味か? ドタチンちゃんと管理しろっ)
臨也は立ち上がりズボンを引き上げて帝人を見下ろす。
「で?」
「一番参考になったのは遊馬崎さんの『おねがい性教育☆人には聞けないあんなことそんなことリターンズ』ですかね。予習復習教材込み、かゆいところに手が届きます。遊馬崎さんは下手でも怒りませんし優しい」
「俺も怒らないよ」
「・・・・・・お前の前歯へし折ってやるって」
「酔ってたんだよ」
臨也は殊勝にも心から後悔した。
涙目になっておびえる帝人が楽しかったからノリで随分な発言をした。
酔っていたのだ、自分に。
「新羅さんもいちいち名称とどうしてそう感じるのか教えてくれまして・・・・・・自分にあっても分からないものだなあと」
「それ萎えないの?」
「新羅さんは興奮するって言ってましたよ。僕がいちいち復唱したからか『これはこれで』って」
首を傾げる帝人に臨也は友人に対して燃え上がるものを抑える気になれなかった。
「なんかさあ。俺、後回しになってない? 優先順位低くない?」
「いやなんですか」
「そりゃあそうだよ。俺だけでいいよ。そもそもそういう話だったのに、こんなの詐欺だ」
「・・・・・・狩沢さんが臨也さんはこういうのが好きだって」
「こういうの?」
「焦らしプレイ」
帝人の顔に悪意はない。
素直なんだろう。
知っている、分かっている。
臨也は己に繰り返す。
周りの奴らが駄目すぎる。
「焦らす必要なんかないでしょ」
「でも、久しぶりの方が反応がいいですよね」
帝人がうっとりと笑う。
臨也の心臓が握られるようだ。
「なんで俺の言葉じゃなくて他のやつ優先するの」
「好感度の問題です」
「・・・・・・俺が低いとでも」
「他が高いんですよ」
あっさりと言い放つ帝人に臨也は音が鳴るほど歯を噛みしめる。
「遊馬崎さんと狩沢さんが『期日の日に一番好感度が高い人にすればいい。わからない内に一人に決める必要はない』って。そうですよね。別に臨也さんである必要性ないですもんね。セルティさんに許可もらってるんで別に新羅さんでもっ」
帝人の耳の横を通ってナイフが床に刺さる。
血は出ていなかったが空気を切り裂く感触に遅れて帝人の肌に鳥肌が立つ。
瞳はもちろん臨也の口元は笑っていない。
「お仕事いってらっしゃい」
「・・・・・・あぁ。じゃあね」
帝人を振り返ることもなく臨也は出ていく。
苛立ちの気配に帝人は落ち着かない。
突き刺さったナイフを引き抜こうと触れれば制止の声がかかる。
居たとは思わなかった。
臨也の悪趣味さには帝人は呆れる。
「放っておきなさい。怪我するわよ。あいつ帰ってきて自己嫌悪になるでしょうから、見物ね」
「そうですね、深く刺さってます」
「間抜けに足切ったら自業自得よ」
クールな波江の言葉に帝人は立ち上がり近づく。
拒むように横を向き「歯、磨いてきたらキスしてあげる」と言った。
そういうつもりではなかった帝人の顔は赤くなる。
波江もまた赤くなり「恥ずかしい反応しないで」と怒った。
怒ったが歯を磨くまでちゃんと待っていてくれる彼女は優しい。
(どうなるのかなあ)
どういう結末でも不幸とは無縁そうだと帝人は安心した。