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ジェストーナ
ジェストーナ
novelistID. 25425
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しっぽのきもち

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  授業が始まり、一応ノートと教科書を広げてはいるが、内容はさっぱり入ってこない。後ろのほうからは規則正しい寝息が聞こえてくる。これはきっと田島だろう。なぜなら開始五分で聞こえてきたからだ。
  三橋はといえば目を開けたまま寝ていた。不自然なほど頭が揺れている。シャーペンを握っている手があらぬ方向に彷徨い、ノートに魔法陣を描いていた。後で呪文を唱えたら何か召還できるに違いない。
  浜田は、ここからでは背中しか見えない。先程までのしょんぼりした雰囲気は感じ取れない。広い背中。教室とマウンドで場所は違うが、あの頃も今も変わらず、こうやって浜田の背中を眺めている。
  あの頃はちゃんとわかっていた、大切な気持ち。
  今はどうかと聞かれたら、あの頃より輝きが鈍くなってしまったような気がする。
  本当はまた一緒に野球をやりたいんだとか、会えなかった空白の一年の間に何をして
いて、どういうふうにしたら年上の同級生になってしまったのか、とか。聞きたいことも
言いたいこともたくさんあるのに、上手に言葉に出来ない。同じように浜田が言いたそうに聞きたそうにしていることもたくさんあると知っているが、なぜか気付かないふりをしてしまう。
  何をしていても、視線が吸い寄せられてしまうのだ。
  授業中も、ノートと教科書と黒板を行ったり来たりしながら、最終的に浜田の背中に辿り着いてしまう。
  そのとき教壇で静かに板書していた教師が振り返り、眉を潜めた。
  「コラ浜田! 何をしている!」
  一瞬自分が叱られたのかと思ってドキリとしたが、どうやら違うようだった。
  「え、あ。どれのことっスか?」
  「内職ならもっとこう慎ましくやらないか。裁縫して、求人誌を読んで、……その紙はなんだ?」
  「これはその、れ、レシピ……です」
  「レシピって料理のか? なんだお前。どれも授業と関係ないじゃないか!」
  「あはは……、スイマセン、今片付けます」
  浜田が苦笑しているのが聞こえる。見なくてもどんな顔をしているのかわかる。
  裁縫はきっと応援団のものだろう。求人誌は新しいバイトを探すため、料理のレシピは多分、浜田の手料理を一番美味しいと思っていて、今日も朝食をご馳走になった誰かさんのため。そう思うと自然と頬が赤くなるのを、ばっと両手で押さえた。
  浜田が教科書とノートを出すためにガサガサと机をあさっている。すると首を傾げ、急に目が合った。びっくりする。浜田が振り向いたのだ。
  「泉、お前のカバンの中オレの教科書入ってない?」
  「は、入ってるワケねえだろ」
  「ん? なんか顔赤いけど大丈夫……つうか、それ」
  「なんだよ、オレの教科書がどうしたんだよ」
  浜田が教科書を指さしている。なんだと思って裏側を見てみれば、大きく浜田良郎と
書いてあった。そういえば浜田の教科書には三橋の背中に一番を書いたのがキッカケで油性ペンブームがきていた田島が面白がって名前を書いていたのだった。
  「わりぃ。間違えたみてえ」
  「いいっていいって。昨日カバンとかぐっちゃぐちゃのまま寝ちったもんな。泉、朝弱いし、同じの二冊あったから近いの入れたんだろ」
  「そうか? 寝惚けててもそんなヘマしねえと思うんだけど」
  「いやいや! 泉のお寝坊さんは自分で思ってる以上に半端ねえんだって。今日の朝もすげえ可愛かったぞ。もーオレのパジャマ着てっからぶかぶかで、肩落ちてて鎖骨とか胸とか丸見えでさ、そのへんって日焼けもしてねえから色白くて跡とか超目立つしさ。袖も余ってて、それで顔拭いてるトコとか朝からホント眼福でした。ごっそーさんっ!」
  パンッと両手を合わせて、拝むようにする浜田。
  見渡せば、教室中が静まり返ってこちらを眺めている。驚愕が半分、好奇心が半分。
浜田くんと泉くんってどういう関係なの? という囁きが教室を席巻している。幸せそうに笑っている浜田を見た瞬間、体が勝手に動いていた。
  ガタン、と、椅子を引いて立ち上がる。他の人に当たるといけないので、机に片足、椅子に片足を乗せて、高い位置から狙いをつける。
  「うわ!? ち、ちょっと泉、ごめ、落ち着い」
  「これが落ち着いてられっか、このボケんだろがァ――――ッ!!!」
  浜田の顔面めがけて力の限り教科書を投げつけてやった。今のは絶対160キロ出てたと思ったが、難なく浜田にキャッチされた。悔しいから「馬鹿! 信じらんねえ! 死ね! 朝っぱらサカってんじゃねえよ! お前の家計が苦しかろうがなんだろうが今日の夕飯は特上の霜降り肉にしろ! しなかったらブッ殺す!」と思いつくありったけの悪口を喚いてやった。
  今の騒ぎで目が覚めたのか、三橋が目を擦りながら、こちらを向いた。
  「ど、どうしたの、泉君。かお、が、まっか、だ、よ?」
  「ワケなら浜田の馬鹿に聞け!」
  三橋はチョコボみたいな顔をして首を傾げた。
  頬が熱いのが自分でもわかる。
  二人の間をつなぐのは野球なんだと思っていた。しかし、本当はそれだけじゃ物足りない。だから、浜田が野球以外のことでいろいろ思ってくれていたのが、実はこれ以上ないほど嬉しかった。
  嬉しいけど悔しいから死んでも素直になってやらないと固く心に誓って、何があっても起きない田島を見習って、不貞寝することにして、机に突っ伏して目を閉じた。


作品名:しっぽのきもち 作家名:ジェストーナ